主張/STAP細胞「騒動」に想う  PDF

主張/STAP細胞「騒動」に想う

医学・医療を「儲かりのシーズ」とする愚かさ

 STAP細胞の真贋はいまだ不明である。それは差し置いても発表論文は問題だらけである。他論文の剽窃(コピペ)もオリジナリティが問われる研究者として失格であるが、標本やデータの杜撰な処理・加工は捏造に等しい。この問題の根底には、日本における基礎研究軽視(科研費を中心とした貧弱な国家予算等)の過去と、手掌を返してアベノミクス第三の矢の目玉に祭り上げられた生命科学研究の現在がある。

 「健康医療戦略室」傘下で、基礎研究や医療を短期間に儲かり商品に結び付ける国家戦略が策定された。例えば再生医療と周辺産業だけで、2020年には現在の10倍、30年には100倍(1・5兆円)の国内市場が要請され、13年度補正および14年度予算では理化学研究所発生・再生科学総合研究センターに約30億円をはじめ、医療分野新独法一元化に合計約1500億円が付いた。当然"成功データ"が義務付けられる(研究本体以外に膨大な国費が天下り独法に蚕食される)。

 本来、基礎研究は長年の地道な努力の積み重ねの上に開花するが、その成果の報酬や名誉は、今日熾烈な国際競争に晒されている。論文受付数秒の差で特許権や企業化による莫大な富を得、また逸す。研究者の焦りや誘惑は理解できないでもないが、ディオバンやJ−ADNIをめぐる意図的データ改竄は目先の企業利益優先の愚挙である。このような不正・捏造による日本の基礎研究に対する著しい信頼失墜は、一企業の利益や国家成長戦略の儲けなど吹き飛ばす国益の損失としてしっぺ返しを受ける。

 過日規制改革会議の議論として、混合診療解禁が提案された。健康保険(評価療養)や先進医療会議で未承認の「薬」でも患者の同意が得られれば、保険併用が認められる選択療養である。効果が十分認められない診療行為は対象外とされるが、その判定が治験以外とすると誰がどこで審査・承認し、どれほどの有効・安全データが要件か、闇の中である。国内未承認の抗がん剤が端緒とは思われるが、それに留まらなくなる。「トクホ」程度の飲料水が「治療薬」と成りかねない。投薬で重篤な副作用が出ても患者が同意の上として責任は不問に付される。保険併用とはいえ高額な薬代は請求される(民間医療保険のビジネスチャンス)。また逆に、この制度下では有益な新薬や治療法がいつまでも保険収載されなくなる危険性が高い。

 混合診療推進の論拠として、ドラッグ・ラグの問題が取り上げられる。しかし、今日審査に係るタイムラグはない。問題は、研究開発に関わるラグ、特に治験の遅れである。何故か日本では厳密な治験体制がいつまで経っても確立しない。これは、絶対に解決すべき課題である。後発医薬品が信頼性に欠けるのも同根である。この困難な道を直視・克服せず、治験から逃げて未承認薬を即使用することは、極めて安易で危険な、真の国民利益には反する暴策である。

 医学や生命科学といったヒトの尊厳や倫理・生存をも大きく左右しかねない研究は着実に、厳粛に取り組む王道を外れてはならない。その上に実現した真の研究成果は人類に多大な恩恵をもたらし、結果として国威・国益を大いに高める。製品化の努力は大切ではあるが、見え透いた短絡的儲け政策や企業化とは峻別すべきである。

※14年4月5日記

ページの先頭へ