シリーズ/環境問題を考える(93)
口の中の環境と保険診療−歯科金属アレルギーと健康問題−
環境対策委員 島津恒敏
筆者は、ここ20年以上前から、歯科金属アレルギーのもたらす健康被害と、その治療を臨床的課題として取り組んできた。医学部の講義では、口腔外科という領域はあったが、歯や、歯科材料と健康に関するレクチャーや、参考書にはほとんど接することはなかった。医科・歯科の不幸な歴史的分断の結果、医科と歯科の自由な学問的交流の場もなかったこともあり、それまで、歯科で行われる治療の内容には全く無知であった。原因抗原を除去回避すれば、症状が治まり寛解するはずのアレルギー疾患を、原因が不明として、ステロイド軟膏を塗りつけ病状を押さえ込むだけのザルツバーガー以来の伝統的手法には深く疑問を感じていたこともあり、東京での学会の帰途、病院の診療室に招いて、色々ご指導くださった、皮膚科医のN先生の「アレルギー学は、アレルゲン学だ。アレルギーが治るということは、患者が治療薬を不要とすることだよ」という言葉にも励まされた。はじめの患者は、どんなに知恵をしぼっても、治らない、結節性の痒疹が手や体全体に広がっている小学生の女の子だった。英文で書かれたアレルギーの参考書の中のニッケル鉱山の労働者の手は、鉄棒遊びをすると強くかぶれてしまう少女の手とそっくりだった。その時、はじめて、少女の口の中に金属冠が詰められていることに気づいた。幸いにも、医療活動を通して交流のあった歯科医のK先生から、それがニッケルクロム冠(今では、発がん性のリスクから、新規の鋳造は禁止されているが、なお在庫の使用は患者に認められている)だと教わった。口の中で溶け出したニッケルにより、皮膚にアレルギーを生じていたのだ。金属を除去してもらい、皮膚炎はすっかり寛解した。
その後、縁あって大阪大学歯学部のK先生夫妻と協同して、難治性皮膚炎の原因に歯科金属アレルギーが深く関与していることを実践的に究明してきた。当初、問題とした歯科材料の中心は、1970年代から90年代に猛烈に歯科治療で何万トンと用いられ、今の30歳代以上の人々の数千万人の口の中に詰められているアマルガム(水銀と銀の合金)であった、実になんと多くの、悲惨な重症の皮膚炎や、原因不明の化学物質不耐症などの「難病」に苦しむ患者さんにアマルガム(水銀)アレルギーが関与していたことか?! この問題では、国際学会で知り合ったスウェーデンのアマルガム被害者同盟の患者さんからも多くのことを教わった。
最近では、ようやく、歯科学会や皮膚科学会も歯科金属アレルギーの問題に関心を寄せてくれるようになった。金属アレルギーも、最近では、パラジウム合金の主成分である、パラジウムアレルギーに悩む人が増えている。パラジウムは、歯科材料以外に、ガソリン自動車の脱酸化窒素の触媒としてプラグにも使用されているレアメタルであるが、ドイツではニッケル同様の有害かつ危険な影響を免疫系に及ぼすとして、歯科材料への使用は禁じられている。ニッケル同様感作を生じやすい。パラジウムアレルギーの患者では、歯科治療では、保険で認可されていないセラミックや、レジンなどの材料を使用せざるを得ないのだが、困ったことに、現状では、全ての診療行為は自費診療とされてしまい、患者は膨大な治療費を準備しなければならなくなる。金属アレルギーを治そうにも、保険診療は機能しない。材料制限を撤廃し、だれもが、安心して、安全な歯科治療を受けられる保険医療体制が保障される必要がある。