シリーズ 環境問題を考える(84)
「知らないことは恐ろしい」 原発の廃棄物プルトニウムの脅威
環境対策委員 島津恒敏
サブプライム問題に端を発した、アメリカの金融破綻は、「100年に一度の出来事」として、1930年代の世界恐慌の時代の再来をつげ知らせるものとなった。巨額のドル紙幣が、紙くずの山になってしまう事態は、支援各国の何兆円もの出資で、辛うじて先送りされている。他方、農薬汚染の中国製餃子の事件の恐怖もさめやらぬ間に、乳幼児の腎障害を機に顕在化した、北京オリンピックのスポンサーの一つでもあった三鹿集団のメラミン添加ミルクの国際的流通、農薬とカビに汚染された事故米の永年の偽装販売の発覚など、偽装は今や時代の合い言葉になった感がある。知らぬが仏とはよく言ったものだ。
野球放送の合間からは、原発で使用済みの核燃料の再利用をめざしている旨の電機事業連合会の宣伝が流れてくる。
知らぬ間に、日本は、商業用原子炉から出てきた、44トンの純粋な再処理プルトニウムを保有している。その上、青森県六ヶ所村の再処理工場が操業を開始し、プルトニウムの蓄積量は、2020年には、145トンに上る見込みとされる。今のところ、44トンのプルトニウム中、大半は再処理を委託したフランス・イギリスに一時保管され、日本国内に備蓄されているプルトニウムは約6トン。核兵器を一個作るには、3〜5kgのプルトニウムがあれば十分とされ、日本は、すでに9千〜1万の核兵器用のプルトニウムを備蓄していることになる。
プルトニウムは、ギリシャ神話の地獄すなわち冥界の神プルトンにちなんで名付けられた。その放射能の生物への危険性は50万年にわたり持続する。これまで、知られている物質のうち、最も発ガン性が高い物質であり、仮に、500gのプルトニウムを粉々にして、むらなく、地球上に散布すると、地球上の人間すべてに肺ガンを引き起こすことができるとされる。核兵器製造工場や原子力発電所の使用済み燃料の中には、このプルトニウムだけでなく、セシウム137、ストロンチウム90、放射性ヨウ素、トリチウムなど、放射性元素は、食物連鎖の中で、味も、臭いもなく、目にも見えず、何千倍にも濃縮され、生物の体内に蓄積され、やがて、遺伝子を傷つけ、ガンを引き起こす。広島・長崎の原爆被爆者や、劣化ウラン弾(ウラン238)によるイラクやコソボの子どもたちの悲劇や、退役軍人に現れた重大な健康被害ばかりではない、アメリカのエネルギー省ですら、永年の否認のあと、00年1月、ウラン加工施設で働く従業員が、きわめて高い割合で、白血病、ホジキンリンパ腫、前立腺・腎臓・肝臓・唾液腺・肺ガンを発症していることを認めているように、汚染の影響は深刻である。
オーストラリア生まれの小児科医で、ハーバード大学医学部の小児科講師であった、3人の子どもの母親でもある、ヘレン・カルディコット(Helen Caldicott)による、『狂気の核武装大国アメリカ』(集英社新書。原著名:The New Nuclear Danger:George W. Bush’s Military-Industrial Complex)には、スターウォーズ計画などアメリカの軍産共同体の推進する核拡散計画の危険性を鋭く告発しているが、これまで、展開されてきた宇宙計画での原子力ロケット計画とその失敗、プルトニウム搭載エンジンによる大気の汚染などとともに、NASAによるスペースシャトルが、1回の打ち上げで240トンもの濃縮した塩酸をまき散らし、その結果、著しいオゾン層の破壊が引き起こされ続けていることも教えられた。医学的視点からの分析に学ぶことは多い。真実にふれることこそ重要である。
『狂気の核武装大国アメリカ』の著者カルディコット氏
【京都保険医新聞第2659号_2008年10月6日_6面】