これで持続可能といえるのか 保険主義徹底による国の責任後退に抗議する
国民会議報告書に関する談話
2013年8月26日 副理事長 渡邉賢治
政府の社会保障制度改革国民会議が報告書を取りまとめ、8月6日に安倍晋三首相に提出した。同会議は昨夏の自公民3党による「社会保障・税一体改革」の合意に伴い成立した社会保障制度改革推進法(以下、推進法)に基づき、消費税増税の増収分を踏まえた社会保障改革を具体化するために設置されたものである。政府は報告書を踏まえ、改革時期を示した「プログラム法案」の骨子を21日に閣議決定し、秋の臨時国会へ提出する。その後は順次、個別実定法の改正法案を来年の通常国会から提出し具体化するとされる。
「自助の共同化」から導き出した公的責任後退の正当化
今後の社会保障改革に関わって本報告書が果たすであろう大きな役割を中心に問題点を指摘しておきたい。
本報告書の最大の眼目は、推進法の基本的考え方である「自助・共助・公助」論に理論的正当性を与え、社会保障における公助の縮小、国の役割後退にお墨付きを与えたという点にある。
報告書は、「共助」に対し推進法からさらに踏み込んで「自助の共同化」という概念規定を施した。自助努力の社会的塊が共助であり、その制度的具体化が医療や年金などの社会保険だというのである。ここからは、社会保険給付は、自助すなわち国民一人ひとりが負担した保険料の範囲内で賄われるべきものというあり方論以外は出てこない。従って公費投入が、低所得者対策にのみ絞り込まれることに対しても、ごく当然のこととして正当化されている。
この社会保険観は、国民の社会保障を受ける権利を「負担に対する見返りとしての受給権」に矮小化する。その結果、まず、負担した以上の給付は受けられないのだからある程度の給付制限はやむを得ないとの結論が導き出され、給付範囲の縮小や給付抑制のためのフリーアクセスの見直しは、この文脈上で正当化されている。
また、負担は自助能力に応じてということで年齢などに関係なく能力に応じて負担するのがあたりまえとされ、70歳〜74歳の窓口負担引き上げは、当然のこととされている。そして、この自助の共同化とは無関係な「公助」、すなわち国や自治体の公費負担は、自助(保険料負担)が困難な低所得者に対してだけ振り向けられれば良いとされ、社会保険制度の維持充実にとっては二次的補完的なものとされたのである。
だが、この理論的正当化は欺瞞に満ちており、誤りである。すなわち、自助を社会的に共同化したものが公助であり、社会保障とは「公助」のことだからである。国民会議のメンバーは、そのことを指摘するどころか、社会保障に対する前述のような理論的整理は、1950年の社会保障制度審議会勧告に由来するものであるとまで主張する。明らかに日本の社会保障をミスリードするための理論的欺瞞である。
地域、自治体への社会保障運営責任の押し付け
さらに国保保険者の都道府県化と医療提供体制管理のための地域医療ビジョン策定が打ち出されたことで、医療保険の地域保険化への道筋が明瞭になってきた。京都府はすでに後期高齢者医療広域連合への参加を進め、都道府県単位の医療保険の担い手たるべく準備を進めているが、京都府をはじめとする都道府県には、今後、負担と給付の双方にわたる管理運営責任が課せられることになる。
この動きにあわせた医療・介護提供体制改革も、これまでの「病院完結型」から「地域完結型」への転換が明記されている。医療の機能分化を進め、急性期に人的・物的資源を集中投入し、入院期間をさらに減らして早期の家庭復帰・社会復帰を実現するとともに、受け皿となる地域の病床や在宅医療・在宅介護を充実させ、地域で包括的ケアシステムを構築するという方向だ。ただし、その体制をどう整備するかの責任は、「地域」に委ねられている。
また、地域の特徴や課題を踏まえたデータに基づく政策も求めており、こうした地域の提供体制整備は「保険者」となる都道府県の仕事にされていく。介護保険では要支援者に対する介護予防給付は介護保険給付から外して市町村事業に段階的に移行することが記されており、この面からも国から地方への責任移譲は加速する。
報告書は、提供体制改革を進める上で、「病床の機能分化と退院患者の受け入れ体制整備」や「在宅ケア普及と急性増悪時の短期的入院病床の確保」が同時に行われるべきだと釘をさしているが、「受け皿」が整わないまま改革を急いだがために「医療難民」を生んだ轍を踏まぬよう、また地域に密着した中小病院の淘汰に繋がらぬようしてもらいたい。
ただ報告書は、過去の提供体制改革が診療報酬・介護報酬による誘導と「梯子外し」で提供側の過度な危機回避的行動に繋がったと指摘し、提供者と政策当局の信頼関係を基礎に、医療機関が円滑に運営できる見通しを明らかにした上で改革を進めよと戒めている。この指摘については、その通りであり、これまでの誘導と「梯子外し」のような方法での提供体制改革は反省し改めるべきである。
皆保険を支えてきた現場医療の実像を正しく見よ
また、推進法では「原則として全ての国民が加入する仕組みを維持」として皆保険堅持の立場を崩したが、報告書は「推進法第6条に規定されているとおり皆保険の維持」と、微修正を図っている。しかし、「皆保険の良さを変えずに守り通すためには医療そのものが変わらなければならない」と迫り、さらにフリーアクセスについては、「必要な時に必要な医療にアクセスできる」への意識転換とともに「緩やかなゲートキーパー機能を備えた『かかりつけ医』の普及」が必須だと言及した。
これまで低い医療費で高い健康水準が実現できたのは、日本に皆保険があったからだが、その皆保険がこれまで守られてきた理由について、報告書は正確な分析をしていない。それは、地域密着型の日常診療で否応なく鍛えられる「総合診療能力」と高度専門性の維持、これを双方実現し、かつ保険請求事務を通じて保険診療の担い手としての自覚に目覚めた開業医が、地域医療の大きな部分を支えてきたからである。このことの正しい評価抜きに今後の医療制度を語ることなど、できるはずがない。まずはこうした観点からの医療政策の洗い直しを求めたい。
新自由主義路線からは決別するしかない
以上、大きな論点にのみ絞って言及したが、それら以上に大きな根本的な問題として、この国民会議報告書をはじめとする政府系の制度改革方針に見られる「持続可能性への疑い」について指摘しておきたい。
公費負担の主たる財源とされる消費税は、10%に引上げてもなお不足し「更なる消費税率引上げは不可避」と財政制度等審議会ですら指摘している。しかし、およそ現実味のない消費税引き上げと給付切り下げの組み合わせだけで、本当に日本の社会保障が「持続可能」になると、少なくともこの国民会議メンバーは、考えているのだろうか。
同会議が日本経団連など経済諸団体へのヒアリングを行った際には、社会保障に対する企業責任が諸外国に比して低いことについて複数の委員が指摘している。このことはもっと言えば、大企業の法人税率を引き下げ、さらに社会保障財源を消費税に求めることで企業が社会保障に対する負担増から免れることへの疑問を指摘したのであろう。この点についての踏み込んだ指摘こそが、最も必要なのではないか。
国民会議の議論では、そのような新自由主義路線からの脱却をこそ、社会保障の専門家として集った委員は打ち出すべきではなかったのか。真に持続可能な福祉国家型財政への転換とそれによる社会保障の構築提言こそが、本来の国民会議の役割であるはずだ。我々は本報告書のような社会保障の根幹を歪める政策変更を認めることはできない。「国民会議」と、「国民」の名を銘打たれた審議会において「国民」のための社会保障に対するこのような改悪に手を貸す作業が行われたことに対し、断固抗議する。
国民会議報告書 医療・介護分野の各論概要
医療・介護サービスの提供体制改革
医療機能に係る情報の都道府県への報告制度創設
都道府県における地域医療ビジョンの策定。次期医療計画(2018年度)の策定前に
都道府県の役割強化と国保の保険者の都道府県移行
医療法人・社会福祉法人が法人間合併や権利移転など速やかにできるよう制度改正
医療と介護の連携と地域包括ケアシステムというネットワーク構築
在宅医療連携拠点事業を地域包括推進事業として制度化し、地域包括支援センターや委託を受けた地域医師会等が業務を実施
提供体制改革に必要な財源は消費税増収分の活用を検討。全国一律の診療報酬・介護報酬とは別の財政支援(基金方式)も
「総合診療医」の専門性を評価する取り組み、その養成と国民への周知を図る
医療職種の職務の見直し、チーム医療の確立を図る
看護職員の養成拡大や登録義務化などの推進
尊厳ある死を視野に入れた「QOD(クオリティ・オブ・デス)を高める医療」などについて国民的合意の形成
医療行為による予後の改善や費用対効果を検証すべく、継続的にデータ収集し、常に再評価される仕組みを構築
医療・介護提供体制改革を推進するための体制を設け、厚労省、都道府県、市町村における改革の実行と連動
医療保険制度改革
国保の保険者を都道府県に移行
後期高齢者支援金の負担方法を全面総報酬割にし、国保財政の構造問題解決の財源とすることも考慮に
非正規雇用労働者が国保加入しており、被用者保険の適用拡大を進めることも重要
都道府県・市町村・被用者保険の関係者が協議する仕組み構築
国保の低所得者に保険料軽減措置拡充を図る
国保保険料の賦課限度額(65万円)を引き上げ
被用者保険の標準報酬月額上限(121万円)の引き上げ
所得の高い国保組合への定率補助の廃止
後期高齢者医療制度は現行制度を基本に必要な改善を行う
医療給付の重点化・効率化
フリーアクセスを守りつつ「ゆるやかなゲートキーパー機能」導入
紹介状のない大病院の外来受診に一定の定額自己負担
入院療養における給食給付などの自己負担を見直す
70〜74歳の医療費自己負担を2割負担とする
高額療養費制度の限度額を負担能力に応じた負担となるよう所得区分を細分化
難病対策等の医療費助成は対象疾患の拡大や都道府県の超過負担の解消を図る
介護保険制度改革
一定以上の所得のある利用者負担の引き上げ
低所得の施設利用者への補足給付の支給要件で資産勘案
特養は中重度者に重点化、低所得高齢者の住まい確保を推進
デイサービスは重度化予防に効果のある給付へ重点化
低所得者の第1号保険料について軽減措置を拡充
要支援の介護予防給付を市町村の事業に段階的移行