「障害者施設等入院基本料」等届出病院を対象に緊急アンケート
「医学的根拠なき」新たな医療難民を生む政策は反対
保険医協会は、「障害者施設等入院基本料」「特殊疾患病棟入院料1・2」「特殊疾患入院医療管理料」届出病院(以下「障害者病棟等」と表記)を対象に、緊急アンケートを実施した。これは、10月1日より、これら施設基準の該当患者要件から、「脳卒中後遺症」「認知症」に起因する「重度肢体不自由児(者)」「脊髄損傷等の重度障害者」が除外される予定であることから、(1)これらの病棟とその入院患者の行方、(2)今回の除外措置に関する臨床現場の意見を把握すること―を目的に行った。対象は「障害者病棟等」の届出を行っている京都府内の全病院(40病院)。アンケートは8月25日付で送付、9月8日までに23病院より回答があった。回収率は58%。アンケートの結果からは、8割超の病院が病棟種別を変更することなく10月からの新基準に対応する予定であることが分かったほか、新たな医療難民を生む恐れが明らかにされた。また、今回の除外措置に対して、臨床現場は「反対」であり、「医学的根拠がない」と考えていることが明らかとなった。
90日を超え入院する後期高齢者の点数包括化対象からの除外扱いを条件付継続
脳卒中後遺症・認知症が主たる傷病である重度の肢体不自由者・脊髄損傷等の重度障害者については、2008年10月1日より、一般病棟に90日を超えて入院した場合に「特定患者」となり、包括点数である後期高齢者特定入院基本料の算定対象にされる予定であったが、その予定を改め、引き続き「特定患者」の対象から除外する旨の通知が、厚労省保険局医療課より発出された(平成20年9月5日保医発第0905001号)。
引き続き「特定患者」の対象から除外されるのは、(1)医療機関が退院や転院に向けて努力をしており、その状況について社会保険事務局長に文書(様式あり)を提出している、(2)対象が平成20年9月30日現在、一般病棟入院基本料を算定している病棟に入院している患者又は疾病発症当初から当該一般病棟入院基本料を算定する病棟に入院している新規入院患者―とされている。
また「特定患者」の対象から除外となる場合、施設基準における「平均在院日数」の算定対象からも除外されることとなる。引き続き「特定患者」から除外とされた患者の範囲は非常に限定的ではある。しかし例えば、重度肢体不自由者・脊髄損傷等の重度障害者であっても「脳卒中後遺症」や「認知症」が主たる傷病である患者が多く、10月からは「平均在院日数」要件をクリアするのが困難、あるいは「障害者病棟」等から一般病棟へ病棟種別変更をしようと考えていたが、「平均在院日数」要件をクリアするのが困難であきらめていた、といった医療機関であっても、再度検討する余地があると考えられる。
なおこの取扱いは、後期高齢者特定入院基本料に限ったものであり、一般病棟等の180日超入院患者の差額徴収や障害者施設等入院基本料等の施設基準の該当患者要件には適用されないので注意が必要である。
詳細は、京都府保険医協会ホームページ「社会保険情報」を参照のこと。
1、回答病院の2008年4月現在の「障害者病棟等」届出内訳
回答を寄せた病院数、病棟数及び病床数は次の通りである。回収率から考えると、10月1日からの新施設基準が適用される対象病床は、京都府内で3,000床程度あると考えられる。
(1) | 病院数:22病院 | |
(2) | 病棟数:33病棟 | 障害者施設等入院基本料:30病棟 特殊疾患病棟1:0病棟 特殊疾患病棟2:2病棟 特殊疾患入院医療管理料:1病棟 |
(3) | 病床数:1,562床 | 障害者施設等入院基本料:1,438床 特殊疾患病棟1:0床 特殊疾患病棟2:100床 特殊疾患入院医療管理料:24床 |
2、10月1日以降も多くが「障害者病棟等」を変更せず
2008年10月1日以降、「障害者病棟等」の病棟種別を変更するかどうか尋ねた。
「(1)変更をせず、同じ入院料を算定する予定」と回答した病院が、19病院(83%)と多数を占めた。「(2)すでに、一部、他の病棟種別へ変更した」「(3)すでに、すべて他の病棟種別へ変更した」「(4)10月1日に向けて、一部、他の病棟種別へ変更する予定」「(5)10月1日に向けて、すべて他の病棟種別へ変更する予定」と回答した病院が各1病院(4%)あった。
8割を超える病院が、「障害者病棟等」をそのまま維持するつもりであることが分かった。
病棟を維持するためには、施設基準の該当患者基準をクリアすることが大前提であることから、現状として、今回該当患者から除外される「脳卒中後遺症」「認知症」の患者の入院が多ければ多いほど、これら患者の退院調整を積極的に行わざるを得ない状況が発生すると考えられる。
3、変更は172床(11%)、変更後は「一般病棟」
「障害者病棟等」を変更済または変更予定と回答した病院に、変更後の病棟種別を尋ねた。
「変更済」と回答したのは2病院2病棟91床、「変更予定」と回答したのは、2病院2病棟81床で、合計4病院4病棟172床(11%)であった。
変更後の病棟種別は、いずれも「一般病棟」との回答であった。
変更後の種別変更について、厚労省が種々の経過措置を設けた「療養病棟」と回答した病院はなかった。「療養病棟」では、経営が成り立たない、介護療養病床のように、いつはしごを外されることになるか分からない、といった不信感も働いたのではないかと考えられる。
「一般病棟」の場合、看護職員の確保もさることながら、「特別入院基本料」という非常に低い入院基本料を届け出る場合を除いて、平均在院日数を一定期間内にコントロールするという施設基準をクリアしなければならない。「障害者病棟等」に入院している患者の場合、入院が長期にわたっていることが一つの特徴であり、平均在院日数要件をクリアしようと思えば、今回該当患者から除外される「脳卒中後遺症」「認知症」の患者の退院調整を積極的に行わざるを得ない状況となる。平均在院日数要件のない「特別入院基本料」の算定となると、病院経営がほとんど成り立たないような状況に陥ってしまう可能性が生じてしまうと考えられる。
4、変更理由は「該当患者要件をクリアできない」
「障害者病棟等」の変更理由を尋ねた(複数回答可)。
「(1)施設基準の該当患者要件をクリアできなかった(できない)」が3病院(75%)、「(2)現在入院中の患者が引き続き入院できるようにするため」が2病院(50%)、「(3)病院の経営方針を転換した(するつもり)」が1病院(25%)であった。「(4)当該病棟のニーズがなくなった(なくなってきている)」との回答はなく、「(5)その他」が1病院(25%)であった。
「脳卒中後遺症」「認知症」の患者を該当患者から除外するという今回の施設基準要件変更の影響をまともに受けていることが分かる。現入院患者の療養場所の確保、経営維持といった観点から、病棟種別の変更が苦渋の選択であることが窺える。
5、病棟維持のためには退院調整が必要、その結果「脳卒中後遺症」「認知症」患者の療養場所がますますなくなる
「『障害者病棟等』を変更しない」と回答した病院に、維持するための方策を尋ねた(複数回答可)。
「(1)現状と特に変わりはない」が7病院(37%)、「(2)対象患者の入院を積極的に確保する」が13病院(68%)、「(3)今回除外された患者等、非対象患者の退院支援に努力する」が9病院(47%)、「(4)該当患者の定義を再確認し、各患者の該当の可否を改めて検討する」が7病院(37%)、「(5)その他」が1病院(5%)であった。
今回該当患者から除外される「脳卒中後遺症」「認知症」の患者が少なければ、「(1)」の回答となり、多ければ「(2)」〜「(5)」の回答となると考えられる。
今回該当患者から除外される「脳卒中後遺症」「認知症」の患者が多く、かつ「障害者病棟等」を維持しようと思えば、当然該当患者の確保と同時に、非該当患者の退院調整を積極的に行わざるを得ない現実に即した内容となっている。「(4)」の回答のように該当患者の再確認にも限界があり、結果として今回該当患者から除外される「脳卒中後遺症」「認知症」の患者の療養場所が、厚生労働省の思惑通り、なくなっていくことは必至である。
6、すでに退院調整は行われている?
「『障害者病棟等』を変更しない」と回答した病院に、変更しない理由を尋ねた(複数回答可)。
「(1)同じ環境で引き続き患者に療養してもらいたいから」が7病院(37%)、「(2)施設基準の該当患者要件をクリアできる(できそうである)」が16病院(84%)、「(3)病棟の経営方針を簡単に変えるわけにはいかない」が6病院(32%)、「(4)当該病棟のニーズが引き続きあるから」が10病院(53%)であった。
10月1日からの実施となると、事務手続き上、新施設基準に適合している旨の届出は、通常8月入院分を実績とすることになる。よって、すでに各病院はその対策に動き出していると考えられ、一定の目途が付いていると考えられる。
該当患者要件の解釈誤りを行わない限り、今回該当患者から除外される「脳卒中後遺症」「認知症」の患者の入院が、既に現時点でかなり減少していることが示唆されているとも考えられる。「(1)」の回答のように、同じ環境で療養してもらいたいという病院側の方針もあることから、病棟維持と該当患者要件との間で、病院がその調整に難渋していることが容易に想像できる。
7、該当患者要件からの除外には「反対」
重度の肢体不自由児(者)及び脊髄損傷等の重度障害者から、脳卒中後遺症や認知症を主たる傷病とする患者を、施設基準の該当患者要件から除外するという、厚労省の政策について、その賛否を尋ねた。
「脳卒中後遺症」の除外については、「反対」と回答した病院が22病院(96%)と圧倒的に多く、「保留」が1病院(4%)、「賛成」は皆無であった。
「認知症」の除外についても傾向はほぼ同様で、「反対」が18病院(78%)、「保留」が4病院(18%)、「賛成」は1病院(4%)であった。「脳卒中後遺症」との回答の差については、各回答病院における入院患者構成の違いによるものと考えられる。
該当患者要件から除外するという今回の改定には「反対」であり、臨床現場からは全くと言っていいほど、受け入れられていないということが分かった。
8、該当患者要件からの除外に「医学的根拠はない」
重度の肢体不自由児(者)及び脊髄損傷等の重度障害者から、脳卒中後遺症や認知症を主たる傷病とする患者を、施設基準の該当患者要件から除外するという、厚労省の政策について、臨床現場の立場から、何らかの「医学的根拠」があると考えられるかどうかを尋ねた。
「脳卒中後遺症」の除外については、「医学的根拠がない」と回答した病院が22病院(96%)と圧倒的に多く、「保留」が1病院(4%)あったが、「医学的根拠がある」と回答した病院は皆無であった。
「認知症」の除外についても傾向はほぼ同様で、「医学的根拠がない」が19病院(83%)、「保留」が3病院(13%)、「賛成」は1病院(4%)であった。「脳卒中後遺症」との回答の差については、各回答病院における入院患者構成の違いによるものと考えられる。
「脳卒中後遺症」であっても「認知症」であっても、該当患者要件から除外されてしまうということに関して、臨床現場は全くと言っていいほど、「医学的根拠がない」と考えていることが分かった。
9、該当患者要件からの除外は「差別である」
重度の肢体不自由児(者)及び脊髄損傷等の重度障害者から、脳卒中後遺症や認知症を主たる傷病とする患者を、施設基準の該当患者要件から除外するという、厚労省の政策を「差別」だと感じるかどうかを尋ねた。
「差別である」との回答が19病院(83%)、「差別ではない」が3病院(13%)、「保留」が1病院(4%)であった。
該当患者要件から除外するという今回の改定に「医学的根拠」はなく、「差別」であると感じざるを得ない、臨床現場が納得できる説明が、厚労省からは、全くなされていないということが窺える。
10、「患者のため」でなく「医療費抑制のため」の改定
なぜ、今回のような改定が行われてしまうのか、考えられる理由を尋ねた(複数回答可)。
全23病院(100%)が「(1)入院医療費抑制のため」との回答したのをはじめ、20病院(87%)が「(2)病院や病床を減らすため」と回答。「(3)高齢者に厳しい政策を行い、若年者の不満を回避するため」との回答が2病院(9%)であったが、さすがに「(4)患者のため」と回答した病院は皆無であった。また「(5)その他」として「社会保障制度全般の切り捨て」と回答した病院が1あった。
厚労省の政策が、「医療費抑制」という主眼で行われているものであり、「患者のために」制度改定が行われているものではないと臨床現場が感じていることが、如実に明らかとなった。
結論−医学的根拠のない新たな医療難民を生むような政策には反対、まさに苦渋の選択を迫られている「障害者病棟等」
約8割を超える病院が、病棟種別の変更を予定しておらず、10月1日以降も引き続き「障害者病棟等」を算定する予定であることが分かった。当該病棟が京都府内で確保されることは患者にとって非常に歓迎されるべきことである半面、病棟種別の変更を行わないということは、変更後の施設基準をクリアするために、該当患者の確保と非該当患者の退院調整が行われるということにもなる。療養病床の削減、介護療養病床に至っては全廃の方針が撤回されない中、重度の肢体不自由(児)者及び脊髄損傷等の重度障害者から、脳卒中後遺症や認知症を主たる傷病とする患者を、「障害者病棟等」の施設基準の該当患者要件から除外するという、厚生労働省の政策は、慢性期医療を担う入院施設の硬直化を招き、新たな医療難民の発生につながることは必至である。
「脳卒中後遺症」「認知症」に関する施設基準該当患者からの除外については、臨床現場サイドからの圧倒的な「反対」の考えが示され、「医学的根拠はない」という意見が全面的に明らかになった。「医療費抑制」を主目的に、「患者」の立場を全く考えない「健康」な厚生労働省の役人が行う政策のもと、病院の経営を維持しなければならないという現実を目の当たりにしながら、当該病棟に現在入院中の患者や、今後入院を必要とする患者のために苦渋の選択と必死の努力を強いられている、というのが、今回のアンケートにより浮き彫りになった「障害者病棟等」の現実である。
【京都保険医新聞第2657号_2008年9月22日_3-4面】