「科学」を「医療」に必要なものは「iPSと医の倫理」テーマに第3回ゼミ  PDF

「科学」を「医療」に必要なものは「iPSと医の倫理」テーマに第3回ゼミ

 
 協会は、第3講目となる医の倫理ゼミ「未来・経済と医学」を、11月23日に開催。20人の受講登録者を含む35人が参加した。京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門准教授の八代嘉美氏が講師の「iPSと医の倫理」と題した講義では、「『科学』を『医療』として実装するためには、何が必要なのか」が主題となった。以下、講演概要を紹介する。
 
医療倫理に新たな価値基準を提起
 
 2013年「再生医療を国民が迅速かつ安全に受けられるようにするための施策の総合的な推進に関する法律」(再生医療推進法)、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」(再生医療安全性確保法)が成立した。薬事法も「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(医薬品医療機器法)に改正され、いよいよ再生医療を推進するための法整備が整えられた。
 しかし、それら法の中に「生命倫理」という単語は出てきても、再生医療研究における「生命倫理」とは何かという定義は出てこない。八代氏は、国が「倫理」に対する具体的なイメージを持っていないのではないかと指摘し、iPSを含む多能性幹細胞を用いた研究は、既存の医療倫理の議論に加えて、新しい「価値」の問題を惹起しており、ここをしっかり検討していかなければならないと問題提起した。また、再生医療研究が「国策」として進められ、大きな国費が投入されている中で、「過剰な期待」に対して科学的に正しい情報発信ができているか、公正な研究を行っているかといった点でも留意が必要であるとした。
 また、京都でRNLバイオ社(韓国)のクリニックが「幹細胞治療」を行い、肺塞栓による死亡例が出たことをあげ、研究だけでなく再生医療ツーリズムなど現実の問題であることについても強調した。
 
多能性幹細胞の課題にも言及
 
 また、STAP細胞研究にも触れ、科学者もマスコミも「自分たちの都合のいいことにだけ口を開き、肝心なときには口を噤む」現状を指摘。東日本大震災を例に「社会の人々がもっとも情報を欲した初動時に、情報発信の担い手とみられていた人たちが機能不全を起こしていた」ことを反省する必要があると述べた。
 そして、臨床にiPS細胞を用いる際の技術的問題点を、iPS細胞樹立時の初期化誘導に伴う安全性問題と、品質上の問題に分けて解説した。
 多能性幹細胞の倫理的・社会的・法的課題(ELSI)としては、安全性に加えて、「用途の多様性と同意(iPS細胞バンク・ストック)」「ヒトの種の完全性への侵害(ヒト・動物キメラ)」「ヒトのいのちのはじまり(生殖細胞作出)」という問題があると指摘。「用途の多様性と同意(iPS細胞バンク・ストック)」については、米国国立衛生研究所(NIH)による臨床研究の8原則((1)共同的パートナーシップ(2)社会的・科学的価値(3)科学的妥当性(4)適正な被験者選択(5)適切なリスク・ベネフィットのバランス(6)独立した審査(7)インフォームド・コンセント(8)候補者・被験者の尊重)が参考になると紹介した。
 
市民の議論関与が重要
 
 「ヒトの種の完全性への侵害(ヒト・動物キメラ)」「ヒトのいのちのはじまり(生殖細胞作出)」については、日本では誤解に基づく法規制といった側面があることを多能性幹細胞の基本性質に立ち返って説明し、市民と研究者の間で意見が分かれることもあるが、その背景には理解の差があるのではないかと指摘した。
 そして、生命科学の進展が、既存の医療倫理の議論に加えて新しい「価値」の問題を惹起していることは重要であり、今進んでいる研究・臨床への応用は、社会の構造、医療費の負担などを含めた社会のあり方を変えていくものであることを一般市民に伝え、ともに考えていくことが必要であると強調。「知識」はともに考えるための基礎となるものであり、科学や技術に対する理解増進を求めるPUS(Public Understanding of Science)を踏まえて、市民としての関与を求めるPES(Public Engagement in Science)アプローチを重視することが必要な時代であり、そのためには科学の現実について伝えて「つなげる」ことが不可欠で、「iPS細胞後の時代」の価値基準作りに貢献していきたいと結んだ。

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