「医の倫理」スペシャル鼎談 田中氏×垣田氏×吉中氏 過去の教訓 学びいかすために  PDF

「医の倫理」スペシャル鼎談 田中氏×垣田氏×吉中氏 過去の教訓 学びいかすために

 
 第2部は、「古都・京都で倫理を語る!」と題し、田中氏と医の倫理実行委員会から、協会の垣田理事長と吉中理事が鼎談を行った。田中氏が講演で述べた江戸の倫理観をもとに、明治、戦中・戦後、そして現在に至るまで、どのような変化があったのか。そして、医の倫理をどう考えるかをテーマに、意見交換を行った。
 
どう見る? 医の倫理
 
 第1部の講演を受け、第2部の鼎談では、江戸時代の倫理観から何を学び、どう受け継いでいくべきか。また、発想の転換を求められるものは何かについて議論した。
 まず吉中氏が、今日の医の倫理の根幹に位置する戦時中の医学犯罪について、医師・医学者が正面から受け止め、そこから学ぶべき教訓を、どうすれば医学界として共有できるのか。どう未来に引き継いでいくべきかが問題意識であるとし、「日本の医療界では、731部隊などの戦時下で行われた医学犯罪などはあまり語られない。率直にこの問題をどう考えるか」と投げかけた。
 これに対し、田中氏は「日本の明治期にグローバリズムが本格展開し、キリスト教などの一神教の影響もうかがえるが、侵略される側の人間を“モノ”としか見ない植民地主義が拡大した。731部隊の問題もこの歴史の流れが影を落としている。医師だけに限らず、どの職業でも起こりうる問題で、このこと自体が戦争そのものを表しているのではないか」とした。
 
宗教観と倫理のつながり
 
 垣田氏は「仏教は曼荼羅の中にいろいろな動物が描かれているように、命あるものは同列という考え。日本人はそうした精神を引き継いでいるはず。まして、医師は人々を病などの苦痛から救うことが使命。なのになぜ、731部隊にみられるような問題が引き起こされたのか疑問だ」とした。
 「明治以降、日本人の宗教感覚でさまざまなものが失われた。このことが、もしかしたら日本人の精神性に大きな影響を与えているかもしれない。廃仏毀釈で鎮守の森や寺社を破壊し、国家神道が創られた。そして、欧州の絶対王政を真似て、日本で本格的に天皇制が確立するのは明治維新のとき。これはある意味で、一神教にかなり近かったのではないか」と田中氏。
 吉中氏は「協力を要請されたすべての人が731部隊の行為を受け入れていたわけではなく、拒んだり非難した人もいた。その理由として、クリスチャンであることが挙げられている。一神教の精神世界が弊害となった部分があるという話だったが、ある側面では神と個人の関係から自身の良心に従った人たちもいる」とし、田中氏は「ある宗教、ある民族が残酷だと断じるべきではない。宗教、民族、職業であっても、そこに還元すれば、そのこと自体が差別思想につながる。“戦争”という異常な状態では、たがが外れる人間もいるということ」と述べた。
 
問われる“社会としての倫理”
 
 また、吉中氏は「日本の場合、731部隊では加害者の立場であるが、広島、長崎では被害者である。反核京都医師の会が復刻した『医師たちのヒロシマ』にもあるように、必死に被爆者を救おうと動いた医師たちがいる半面、731部隊では口をつぐんでしまう。こうした二面性について、江戸時代から学べるものはなにかあるだろうか」と提起。
 これに対し田中氏は「江戸に限らず、社会の中で持続可能性を追求しようとすると、えてして競争に走りがちとなる。地球環境のためのCO 2排出の抑制にしても、どうしても数値の競い合いに終始してしまう。持続可能性で必要なのは、バランス。これは倫理全体の基本であり、社会の倫理ではないか。そして、個々人がどう判断しどう動くのか。あるいはどう動けるのかが、最終的に問われるのであろう」とし、垣田氏も「ずっと口をつぐんでいた731部隊の関係者が、高齢になり人生を終えようとしている現在、次々と当時のことを話し出している。70年をかけて我々がつくってきた、憲法9条を持つ、二度と戦争をしないという意識を持つ社会の中での変化のように感じ、さきほど指摘のあった“社会の倫理”というものがあるように思う」とした。
 
医師は人とともに生きていく仕事
 
 次に、「現代は圧倒的なグローバリズムの時代で、医療も国際展開がキーワードとなっている。一方で、海外では日本文化は“縮みの文化”で、ここに日本文化の素晴らしさがあるが、拡大の方向に転換した際に、どうすればいいか判断できなくなり、凶暴化するのではないかという指摘がある。この評価が正しいかどうか判断できないが、どう見るべきか」と吉中氏から出された質問に対し、田中氏は「日本文化が“縮みの文化”だとは考えていない。日本人はごく小さいものでも、その中に宇宙があると考える。石庭もしかり。戦争における拡張主義は、産業革命以降の拡大志向に繋がっていると考える。そして、現代の日本は明治維新にならって行き詰まりを打開しようとしているが、この方法論は歴史的にみても誤りではないか。今の日本は自己治癒能力を高めることを考えず、とりあえず投薬のみを行っている状況にみえ、非常に危険だと考えている」。
 そして、「江戸時代もそうだが、医師の仕事は治療だけでない。人と一緒に生きていく仕事だ。しかし、現代においては、人との付き合いという側面が狭まっているのでは。また一方で、なにもかも病気にしてしまっている感がある。もう一度、人と一緒に生きていく仕事として、見つめ直す必要があるのではないか」と締めくくった。

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