裁判事例に学ぶ 感染症に関わる医療安全対策  PDF

医療安全対策部担当理事 宇田 憲司

その10(完)
壊死性筋膜炎の誤診死亡事件

2011年4月20日頃69歳女訴外Aは、右下肢を虫に刺され、24日ころ右下肢は腫れて熱を持ち痛みが強くなったが、26日まで養鶏業務に携わった。家族に勧められ27日O外科医院O医師を受診し局所熱発、硬結・水泡・発赤があり歩行不可、体温38・4℃で、診断名「右下肢虫咬症疑」で入院加療必要として、同日県立病院を紹介されたが皮膚科医師が不在で、Y病院に転医して車椅子移動で皮膚科B医師を受診した。B医師は、「帯状疱疹」または「刺虫の疑い」と診断し、皮膚科処置とベナパスタクリームの処方で通院治療が可能として帰宅させた。翌28日Y病院を外来でB医師に受診した。29日午前5時頃、自宅の便器に座って意識朦朧となって倒れ込み、5時55分、救急車でY病院に搬送されて入院し、ショック状態で在院の医師が治療開始したが、呼吸状態悪化、血圧およびSPO2 改善なく徐々に心拍数が減少し8時54分死亡した。同日の診断名には、アナフィラキシーショック、右下腿蜂窩織炎、急性呼吸不全、急性循環不全、および敗血症性ショックと記載された。
そこで、故Aの夫(後日死亡)と子3人は、1Aの死亡は、虫さされ後に壊死性筋膜炎に罹患してその急速な進展により起こったもので、2B医師には、局所症状としてAの右下肢に水泡・紅斑、発赤、一部色素沈着があり、足全体が赤黒く腫れあがり、500円玉大の水泡には膿の貯留があり、全身状態は、38・4℃の発熱、全身倦怠感、歩行困難など、その2~3日前にはなく急速な進展であり、壊死性筋膜炎を疑うべき所見があることから、①CTやMRIでガスの有無や炎症範囲を把握し、②一般血液検査で白血球数やCRP値の把握し、③細菌検査または検体の塗装鏡検など各種検査を実施し、④試験切開などをすべきであったが、それらを実施しなかった注意義務違反があり、3それにより壊死性筋膜炎と診断せず、その治療のために、①カルバペネム系(またはパニペネム系)抗生剤などの広域スペクトラムの抗生剤の大量投与などなく、②菌の同定のための血液培養、菌培養や、水泡・血泡内容物の塗沫検査などなく、③デブリドマン(局所切除)などなく、それらを懈怠した医師の過失がなければ、死亡結果は十中八九回避できていたとして、4計6083万余円の損害賠償を求め、提訴した。
裁判所は、鑑定書などに依拠し、1虫に刺されたことに起因する壊死性筋膜炎による敗血症性ショックおよび多臓器不全での死亡であり、2壊死性筋膜炎などの感染症を疑い鑑別診断するため迅速な血液検査と細菌学的検査などを行い、3抗菌剤の投与と壊死組織除去術(デブリドマン)があれば、死亡を回避できた高度の蓋然性があるとして、医師の過失とそれと死亡との因果関係を認め、Yに5161万余円の支払いを命じた(宮崎地判 平成27・12・18)。
劇症型の感染症の発症には、本人の防衛体力や免疫能の低下が基礎にあり、その上に、産生された毒素の作用により生体の特異な反応が惹起され、急速に「思いもかけぬ」機転が生じて慌てさせられることにもなる。外傷時には、破傷風など予防接種により発症が激減したものもあるが、いわゆるガス壊疽等を発症するクロストリジウムなどの嫌気性菌感染症や、経口摂取による溶血性尿毒症症候群(溶血性貧血・血小板減少・腎機能障害)などを惹起する赤痢菌や腸管出血性大腸菌O-157などこれまで社会的にも問題となった菌種についての用心を保持しておくことも必要となろう。

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