「橋下徹現象」を読み解く――その1 期待・幻想の背景と橋下「維新の会」のめざすもの  PDF

「橋下徹現象」を読み解く――その1 期待・幻想の背景と橋下「維新の会」のめざすもの

 橋下徹大阪市長・「大阪維新の会」代表が、今、政治の大きな関心の的となっています。もともと、府知事時代から、教育基本条例や職員基本条例の提出をはじめ、橋下行政は大阪にとどまらない問題をもっていましたが、昨年、知事・市長のダブル選挙で圧勝して以降、「大阪維新の会」をひっさげて、全国政治に進出を図る意欲を露わにする中で、橋下問題は、全国政治に大きなインパクトを与える現象となっています。そこで、今回から数回にわたって「橋下徹現象」を検討しましょう。

 最初に検討したいのは、なぜ橋下氏はかくも大きな期待をもたれているのかという問いです。答えは単純です。民主党政権に対する期待が裏切られたことに対する結果にほかなりません。しかし問題はここからです。民主党政権不信が、なぜ橋下氏への期待になるのかという疑問が出てくるからです。
それを解く鍵は、民主党政権に寄せられていた期待の中身にあります。2009年の総選挙における民主党票には、2つの巨大な社会層の期待がありました。1つは、自公政権の強行した構造改革政治を止めてほしいという強い期待です。地方構造改革により地方財政支出や公共事業を削減された「地方」と、構造改革による雇用・福祉の切り捨てで困難に直面した大都市部の高齢者や低所得者層が、こうした期待を民主党に寄せました。
もう1つは、逆に、自民党政権では地方に対する公共事業、利益誘導の政治、官僚主導の政治に対する改革が不徹底であるという不満から、民主党にもっと大胆な新自由主義改革遂行を求める大都市中間層の期待でした。これが、民主党の未曾有の大勝を生んだのです。
ところが、その後の民主党政権の政治は、この2つの層のいずれの期待をも裏切るものでした。財界やマスコミの「バラマキ福祉」批判の合唱で、民主党政権が福祉支出から構造改革に転向・回帰することで、民主党政権に構造改革政治の是正を期待した「地方」や都市の高齢者層や若者たちは、民主党政権を見放しました。TPP、消費税引き上げはその決定的な引き金となりましたが、この層は、民主党から離れたからといって自民党に戻るわけにはいきません。そこで、「第3の道」を切実に求めています。
他方、民主党政権に自民党のしがらみの政治からの訣別を期待した都市中間層も、民主党政権の自民党以上の官僚依存、何一つ実行できない政治に不信を募らせています。このままでは新自由主義はいつになったら復活するかわからず、世界の大勢に遅れをとり、日本の衰退を招くという危機感です。
盛り上がる橋下コールは、「第3の道」を探す反構造改革層のうち大都市部の人々の幻想と、強力な構造改革を求める大都市部中間層の期待が、合流して起こっています。「地方」は橋下氏に期待していませんから、大勝した時の民主党より支持基盤ははるかに狭いですが、それでも広範であることは否定できません。

 では、橋下氏は自らへの国民の期待と幻想にどう応えようとしているのでしょうか。
「維新八策」は、2つの期待のうち、大都市中間層の期待、すなわち構造改革の速やかな再稼働の期待に応えるべく打ち出されたものです。大阪府知事選の場合は、橋下氏は2つの期待のそれぞれに応える意欲をもっていましたが、全国に打って出る段階では、反構造改革など、はなからやるつもりはありません。「第3の道」どころか、大企業の切望する「第1の道」を掲げ、しかも民主・自民ではできない強力な改革の実行力をウリにすることで、橋下氏は新自由主義改革大連立のカナメに座り、政権の一角、あわよくば首相の座を射止めたいとねらっているのです。
(にもかかわらず、反構造改革層が橋下氏に幻想をもつのは、原発再稼働反対と消費税です。これは次回に説明しましょう。)
「維新八策」は支離滅裂という批評もありますが、決してそんなことはありません。「八策」は、一貫した1つの構想、すなわち急進新自由主義の構想を打ち出しています。これは財界が十数年来主導し、小泉政権が掲げて強行した路線です。その古臭い旗にふたたび期待が集まっている点にこそ、橋下現象の深刻さがあるのです。
「八策」はグローバル企業の活力を解放し、市場を提供して、その繁栄で日本の立て直しを図ろうという構想です。
? 「八策」は、大企業の負担軽減のために、まず徹底した「小さな政府」を標榜します。それには、国や自治体の社会保障や教育、地方への関与を止めてしまうことが必要です。そうすることで社会保障費、教育費、それに地方財政支出の大幅カット、そして、公務員の削減が可能となるというのです。とくに橋下氏が強調するのが、自治体財政を搾り上げて、自治体自身に福祉や教育からの撤退を強要し、「小さな自治体」づくりをすすめることです。「八策」は、自治体がナショナルミニマムを保障するための地方交付税交付金の廃止を謳っていますが、それが地方に取り返しのつかない被害を与えることは明らかです。「八策」が「給付型公約から改革型公約へ」といっているのは、国や自治体は福祉・教育の面倒はみませんよという宣言ですし、すべて自己責任だから「自立する個人」「自立する地域」なのです。
? 大企業の活動する市場づくりが第2の特徴です。徹底した規制緩和をすすめ、公的責任を縮小して民間企業の導入、海外の大資本や労働力を呼び込むためのTPP、労働力の流動化、保護打ち切りによる衰退産業の淘汰、企業活動の拡大のための道州制などがそれです。この基盤づくりには、カネも投入しようというわけです。彼が力説してきた「関西州」「大阪都構想」の全国版です。
? 大企業の自由な市場秩序維持のための日米同盟が、TPPと並んで打ち出され、大企業本位の世界秩序づくりがめざされています。大阪府知事時代にはいわなかった点です。
? 新自由主義改革を促進するための効率的で強権的な意思決定体制づくりが、「決定でき、責任を負う民主主義」という名の下に強調されています。これが民主主義の対極にあることはすでに大阪で経験済みですが、彼の最大のセールスポイントはここです。そのためには参議院はいらない、知事のような直接選挙で選ばれた首相が「改革」を強行できるように、参議院廃止、首相公選などが憲法改正構想として打ち出されています。
こんなことを強行すれば、あの小泉改革のあとの、まだ記憶に新しい被害――餓死・自殺・ネットカフェ難民などの大量化を再現することが必定です。
なぜ、橋下氏はこうした急進改革を今さら掲げて全国政治に打って出ようとしているのでしょうか。それは次回に検討しましょう。

クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』5月号より転載(大月書店発行)

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