私たちは国の医師偏在対策の何を批判しているか  PDF

国家統制・専⾨性への介⼊・⾃由の制限・フリーアクセスの否定に抗する

厚生労働省が検討を進めてきた医療法及び医師法の一部を改正する法律(2018年7月)による医師偏在是正の具体策が「医師確保計画策定ガイドライン」と「外来医療に係る医療提供体制の確保に関するガイドライン」にまとめられ、3月29 日に都道府県に通知された。通知を受け、各都道府県は医師確保計画を2019 年度中に策定せねばならない。
京都府保険医協会は、医療法及び医師法の一部を改正する法律が国会審議に付されていた2018年4月、厚生労働省に対し、医師に対する規制強化につながるものとして見直しを要望。以来、数次にわたっての要請や会員署名等、運動的対応を進めてきた。本稿ではあらためて、私たちが国の医師偏在対策の何を批判しているかを整理してみたい。

1.厚生労働省による医師偏在是正策の全体像

(1)医師多数区域・少数区域の設定国の偏在是正策は、全国の三次医療圏と二次医療圏をそれぞれ「3つ」に分類する。①医師多数三次医療圏(二次医療圏にあっては医師多数区域)②医師少数三次医療圏(二次
医療圏にあっては医師少数区域)③そのどちらでもない医療圏、である。
分類に用いられるのが〈医師偏在指標〉である1 (図①)。厚生労働省は医師偏在指標を従来の人口対10万人医師数に代わる、医師数の多寡を統一的・客観的に把握するための「ものさし」であると説明している。指標を使って全三次医療圏・全二次医療圏をランキング化し、上位33.3%を医師多数区域・下位33.3%を医師少数区域と設定する。
都道府県は医師少数区域において、最終的には2036年を目標に医師を確保する。当面、3年~4年の計画期間で確保すべき人数は、ガイドライン上、医師「下位33.3%に脱するために必要な医師の総数」。2036年の目標は、国が医師偏在指標から割り出した「必要医師数」を示したものとする。医師多数三次医療圏(≒都道府県)の中に、医師少数区域がある場合であっても、他の三次医療圏からは医師の確保を行わないこととする
(2)外来医師多数区域の設定と開業規制
外来医師多数区域も設定される。こちらはより露骨な開業規制が導入される。外来医師(診療所医師)専用の偏在指標(図②)が作成され、二次医療圏ごとにランキングし、上位 33.3%を〈外来医師多数区域〉と定める(外来の場合は医師少数区域は設定しない様子)。
外来医師多数区域での新規開業を希望する医師は、都道府県への届出様式に、地域で定める不足する医療機能(初期救急、在宅、公衆衛生等)を担うことに合意する旨を記載する欄を設ける。これに合意しない医師は〈地域での協議の場〉に出席させ、その結果を公表する。なお、協議の場とは地域医療構想調整会議でも差し支えないものし とされる。
(3)医療機器も共同利用を促す
加えて、外来医療GLは医療機器の効率的な活用に関する計画についても記載している。地域ごとの医療機器の配置状況を可視化し、医療機器を有する医療機関をマッピングし、「共同利用」を協議する仕組みをつくる。具体的には、前述の外来医療についての協議の場を活用する。

2.厚生労働省が示した京都府における分類・必要医師数

(1)医師偏在指標・外来医師偏在指標のランキング
既に、厚生労働省は〈医師偏在指標〉と〈外来医師偏在指標〉を用いたランキングに基づき、全都道府県と二次医療圏について、医師多数三
次医療圏・少数医療圏・医師多数区域・少数区域・外来医師多数区域を「叩き台」として示している(2019 年2月18 日第28 回医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会3)(図③)。

〈医師偏在指標〉については、
・京都府は全国2位の医師多数三次医療圏である。
・二次医療圏別では3月時点では、京都・乙訓医療圏が全国第10 位の医師多数区域。中丹・山城北・山城南・南丹はどちらでもない区域、丹後が全国252 位の医師少数区域とされていた。しかし、4月に入って厚労省が都道府県に提供したデータでは、京都府内に医師少数区域はなく、南丹、京都・乙訓、山城南が医師多数区域とされた。

〈外来医師偏在指標〉については、
・京都・乙訓医療圏が全国6位、山城南医療圏が全国101 位で外来医師多数区域である4。
(2)京都府の2036 年の必要医師数
一方、2036 年の必要医師数についても、示されている(図④)。厚労省は必要医師数の定義を「将来時点(2036 年時点)において」、国が「医療圏ごとに、医師偏在指標が全国値と等しい値になる医師数」と定義しており、その考え方ではじき出された数字である。

〈2036 年の必要医師数〉については、
・2036 年の京都府における必要医師数は丹後253 人、中丹483 人、南丹332 人、京都・乙訓4,375 人、山城北1,105 人、山城南265 人で合計6,807 人とされた。
・これに対し、上位5供給推計で4,006 人、下位供給推計で1,291 人の医師が過剰となる。
(3)診療科別必要医師数も公表
一方で厚労省は診療科偏在是正にも乗り出している。2019 年3月22 日の医師需給分科会に示された「第4次中間とりまとめ(案)」には、「法改正事項ではないが、医療ニーズを踏まえた診療科ごとに必要な医師数の明確化については、診療科偏在の観点からも早急な検討が求められる」とある。既に、新専門医制度上の18 領域についての「診療科ごとの将来必要な医師数の見通し(たたき台)」が2月18 日の需給分科会で、各診療科の都道府県別必要医師数も27 日会合において示されていた。
〈診療科ごとの2036年の必要医師数〉については、
・例えば内科が127,167 人で2016 年医師数に対し、14,189 人不足する。
・一方で精神科の1,688 人、皮膚科の1,414 人、耳鼻咽喉科の1,229 人等が過剰と推計。
・都道府県ごとの2036 年の診療科別必要医師数では、京都府は各診療科が軒並み「過剰」と推計されている。全体としては不足と推計される内科ですら448 人過剰とされ、臨床検査・脳神経外科以外はすべて過剰とされている。
診療科ごとの必要医師数推計の方法について、厚労省資料はDPCデータを用いて「診療科ごとの医師の需要を決定する代表的な疾病・診療行為を抽出し、診療科と疾病・診療行為の対応表を作成」し、そこへ人口動態や疾病構造を考慮した医師の需要の変化を推計する等して算出したものと説明している7。なお、あくまで事務局による機械的な計算(暫定版)と断っている8。

3.医療提供者改革の一環としての医師偏在対策

(1)医療提供者改革―医師配置の適正化―を国はねらう
今回の医師偏在是正について、協会は戦後医療史初の「開業規制」導入であると指摘。会員の先生方に署名を訴え、150 筆を集めて厚労省医政局の担当者に手交した(5月23 日)。
あらためて、国がこのような政策を進める背景について、指摘しておく。
2016 年10 月21 日、当時の塩崎恭久厚生労働大臣が経済財政諮問会議の場で都道府県別一人当たり医療費の地域差について、入院医療費は病床数・医師数が、外来医療費は医師数が主な増加要因であると指摘。〈医療費の地域差半減に向けて、医療費適正化を推進〉すると述べていた(図⑤)。
医療費の地域差半減は、「新経済・財政再生計画改革工程表」の政策目標にも位置付けられており、官邸主導の経済財政政策に厚生労働行政が支配され、この間の改革が進められていることは明白な事実である。地域の医療者はそれに振り回されているのである。
病床配置の適正化については先行して地域医療構想が2017 年に策定された。
今度は医師配置の適正化へ、国が本腰を入れているのである。協会はこれを「医療提供者改革」と呼んでいる。
(2)国の積年の課題である医師コントロール
医療提供者改革は、あらゆる意味での医師コントロールの手段を為政者側に握らせようとするものとなっている。
医師配置の適正化は、自由開業制という憲法上の権利の制限を伴うものである。いわば「公共の福祉」のために、医師の自由は制限されても差し支えないというように、憲法解釈の変更とさえいえるだろう。この改革は、国にとっては積年の課題でもある。
日本において新自由主義改革(構造改革)が本格化しはじめた1996 年、厚生省(当時)・医療保険審議会は、「今後の国民医療と医療保険制度のあり方について」において、「国民医療費の伸びを国民所得の伸びの範囲内に止めることを目標」として、医療提供体制のあり方見直しを打ち出した。具体的には「病床数見直し」や「平均在院日数の短縮」、「保険医定年制」「保険医定数制」、診療報酬の包括化・定額化推進、「総額請負制」までが検討項目にあげられていた。国は、国民皆保険体制を維持しつつも医療費増加に歯止めをかけるため、医師・病床の配置と患者のフリーアクセス制限が必要と考え続けてきたのである。
(3)医療提供者改革3つの目標とは
医療提供者改革を通じて、国は3つのことを成し遂げようとしている。
①医師の人数を地域別・専門科別に管理できるようにすること
このことをめぐって新専門医制度がなぜつくられたのかが明らかになってきている。日本専門医機構の寺本民生理事長は3月18 日の定例記者会見で医師需給分科会の必要医師数推計が出されたのを受け、医師偏在を防ぐための専攻医シーリングにかかわって「都道府県ではなく、診療科別でも専攻医のシーリングを設定することが有り得る」と述べ、4月26 日に機構は診療科別シーリングを各基本領域学会理事長に通知した(図⑥)。
9割の医師が取得する専門医制度の都道府県別・診療科別定員とは、事実上、都道府県別・診療科別の医師定数になり得る。
開業医については、その担ってきた役割のシステム化が目指されており、新経済・財政再生計画改革工程表が厳しく達成を求めているように計画的に養成・配置される「総合診療専門医」がその代わりを担う。旧来型の自由開業制による開業医は時間経過によって淘汰する。
②医師の専門性に介入し、国のルールに則って素直に医療を提供する医師を育てること
一方で、診療報酬の算定要件に〈ガイドライン〉を導入し、国の定めた指針どおりの医療を提供しなければ診療報酬が算定できない医療範囲の拡大が目指されることになる。新経済・財政再生計画改革工程表は一人当たり医療費の地域差半減のために「人生の最終段階における医療に関する患者の相談に適切に対応できる医療・介護人材を育成できる研修」の累計実施回数をKPIに取り入れている。加えて、今通常国会に提出され健康保険法等改正法案には審査支払機関の改革が盛り込まれ、コンピュータ審査の強化、審査基準の統一化、医療の標準化が盛り込まれている。こうしたことに疑いを持たない保険医を増やしていく。
③医師の仕事の生産性を向上させる。つまり、経済活動の活性化につながり、富を生み出し、経済成長に資するような医師を育てること新経済・財政再生計画改革工程表は、〈医師による診療・治療内容を含めた医療職に拠る対応の満足度を上げる〉ための医療の生産性改革を強調。具体的にはバイオ医薬品の開発などを例示している。「未来投資戦略2018―「Society5.0」「データ駆動型社会」への変革―」(2018年6月15 日)に明らかなように、先進的医薬品・医療機器創出や、保険外サービスを担うヘルスケア産業の推進は、成長戦略上の重要な国策であり、地域の医療を担う医師ではなく、医療を通じた経済活動の活性化を自覚的に担う医師育成も、改革の視野にあるのではないか。

4.何が間違っているのか、本当はどうすれば良いか

(1)必要なデータはすべて公表されているのか?今回の医師偏在是正策について、国はデータに基づく改革だと自信をみせているという。
だが、そのデータの正しさは証明されているとは言えない。今公表されている資料・データだけでは、指標の正当性を確認することは出来ない。つまり、主権者である国民が検証・再現し得るだけの情報は公開されていないからである。
そもそも国は、医師は不足しておらず、偏在しているだけだとの立場であるが、その根拠すら、検証可能な形で主権者に示してきたとは考えられない。ましてや医師偏在指標や診療科別必要医師数の計算に用いたデータや途中式などは一切公表されておらず、信用できない。
(2)私たちの対案-医師偏在を生み出す構造問題を越えるための―
〈医師多数区域〉での開業や医師確保を規制しても、少数区域での開業や就業が進むことにはつながらない。医師偏在の理由について、国は根本的な議論を避けたまま、私たち医師の自由にすべての責任を負わせようとしている。医療制度は社会保障であり、国が人々の生命と健康を守る義務を果たす仕組みである。強制的に都市部の医師を地方へ赴任させるようなやり方は間違っている。
医師偏在が起こる最大の理由は医療保険制度の限界である。日本の医療保険制度は、経済が疲弊し、人口減少している地域では患者が確保できず、採算がとれないため、開業できない。したがって今の仕組みのまま医師偏在を是正する方法は唯一、地域経済を再生させることである。それまでの間は、公立医療機関を配置し、行政の責任で医師を確保するしかない。にもかかわらず、未だに国は公立医療機関を縮小する政策ばかり進めている。国保直営診療所はじめ、公的な医療機関がその地域の医療保障をカバーできるようにするべきである。
加えて、医師不足地域での医業を可能とする仕組みの創設も提案したい。当該地域における医業の採算ラインを明らかにし、採算点に達しない分の費用は全額国費で賄う制度を創設すべきである。
(3)医師の自由の尊さを訴えて
そもそも、医師の働き方改革における1860時間という「上限規制」(それは規制でなく過労死合法化に過ぎない)などというとんでもない話が真面目な顔で提案されてしまう背景には、厚生労働省は医師たるもの国民の医療のために犠牲になって当たり前と考えているからではないか。同様に、医師は規制され、自由を制限されて当然の存在と国は考えているのかもしれない。とりわけ、開業医については、「働かせすぎの勤務医」に対し、「決まった時間だけ働いて往診をしない開業医は多い」などと揶揄し、勤務医の働きすぎも、医師偏在が解消しないのも、まるで開業医が悪いかのような論調が作られつつある9。
あらためて訴えたいのは、医師の自由の大切さである。医師・医療機関は原理的には公的な存在である。生存権保障の担い手であり、社会保険制度を通じて公費が投入され、それによって医業を営んでいる。
しかし、医師に対する国家介入は危険な側面がある。医師の高度な専門性やその鍛えられた技術は、人々の生命を左右するからである。それゆえに、医師をはじめとする医療者は、時の国策から自由である必要がある。
今後、医師をコントロールしたい国と地域の医療者の間でのせめぎあいはもっと激しくなると考えられる。それは私たちにとって医師の専門職としての矜持をかけた闘いである。
協会は、開業医・勤務医の現場から反論するとともに、地域の患者さんの声から、今回の医療提供者改革を徹底的に批判し、対案の提案を行い続けたい。

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