3・11後の日本で福祉国家を展望 社会保障基本法・憲章を構造改革に対置  PDF

3・11後の日本で福祉国家を展望 社会保障基本法・憲章を構造改革に対置

 シンポジウム「3・11後の日本で福祉国家を展望する―社会保障基本法・憲章の提起を通じて」が7月10日、東京御茶ノ水の明治大学リバティホールで開催され、全国から270人が参加した。主催は福祉国家と基本法研究会、福祉国家構想研究会。東京で社会保障基本法をテーマにシンポジウムを行うのは、京都府保険医協会が呼びかけ人として09年に開催して以来、3回目にあたる。シンポジウムでは、井上英夫氏(金沢大学教授)が「東日本大震災と福祉国家」について、後藤道夫氏(都留文科大学教授)が「社会保障基本法・社会保障憲章2011」について、渡辺治氏(一橋大学名誉教授)が「3・11後の政治状況と福祉国家」についてそれぞれ報告し、財界提起の復興構想会議による構造改革型復興構想に対置して社会保障基本法・憲章を提案し実現する運動を訴えた。フロアからは、多くの分野から報告があり、京都から垣田副理事長が発言した。(2面に参加記)

社会保障基本法・憲章の意義を確認したシンポジウム
社会保障基本法・憲章の意義を確認したシンポジウム

大震災と福祉国家

 井上氏は、憲法における人権保障の視点から、復興の方向性は新たな福祉国会を建設すること、その核は人権保障、とりわけ人権としての社会保障を確立することであるべき。基本的人権としての住み続ける権利を確立し、そこに暮らしていけるようにすることの重要性を強調した。

基本法・憲章2011

 後藤氏は、長く続く「大企業中心、生活保障における小さな国家責任」という保守的枠組みを国民の多くは正面から批判できずにいるが、そこにこそ挑むべき対象があるとして、社会保障基本法・憲章を提起する意義を報告した。

 社会保障の議論のあるべき出発点は財政的余裕の有無ではなく、必要性、正当性、歴史的経験から探求すべき。その質と水準は、従来の「福祉のお世話になる」「保険料を払ったから」という貧弱な社会保障観ではなく、グローバル・スタンダードの社会保障観であるべき。それは対象を「特殊な社会的弱者」と捉えるのではなく、社会成員全体の生活基盤へと拡張し、保険料や窓口負担が払えなくても無条件に最低生活が保障されるべきものだ。そして、必要は充足されねばならず、負担は応能負担であるべきとした。

 そして、福祉国家型の生活保障の枠組みは、労働権保障、居住保障、基礎的社会サービス保障、所得保障の重層的保障―の4つの領域がきちんと保障されて、有機的システムを作ること。この実現のため、大きな福祉国家財政が必要だ。

 そのための社会保障財源確保の政策原則は、(1)最低生活費への非課税と保険料免除(2)総合所得に対する累進課税原則、勤労所得軽課・不労所得重課の原則(3)企業の社会保障拠出・負担責任の強化。特に企業負担は、日本の事業主の社会保険拠出は対GDP5・3%と、EU15カ国平均10・7%に比べ明らかに低い。EU並みとすれば27〜28兆円の財源を増やすことができる。政府は今、一体改革と称して消費税増税を提起しているが、これを大元から疑って議論すべき、と結んだ。

3・11後の政治状況

 渡辺氏は、自民党による大企業優先の開発主義的政治と利益誘導型政治、それを強引に壊した構造改革、この二つの合併症がこの大震災の深刻化を生んだと指摘。原発事故も開発主義政治、構造改革政治の産物。復興のためには、構造改革の政治を止めて、利益誘導型開発主義の政治に戻ってはいけないと論じた。

 ところが菅政権は、それまで停滞していた構造改革型の復興政策を強化することによって、震災と原発事故に対処しようとした。経済同友会が描いた構造改革型の復興構想「第2次緊急アピール」が、その後の政府の復興構想会議などの青写真となっていく。そこに書かれているのは原発再稼働、農地・漁港の集約化、法人化、TPP、道州制、法人税引き下げ等だ。

 これに対抗する構想はどうあるべきか。一つは大連立による火事場泥棒的な構造改革を許さないこと。TPP、消費税引き上げ、原発の3大課題は国民運動により阻止しうる可能性がある。その上で、構造改革型復興構想に対抗する新しい福祉国家の輪郭を対置することである。

 震災直後に厚労省は、被災者に生活保護受給申請の緩和、窓口負担金の免除等の特例措置を出す一方、社会保障改革に関する集中検討会議では窓口負担増額、生活保護基準切り下げと、全く逆の提案をした。被災地の悲惨な現状を目の当たりにして特例措置を出したのであるが、何も被災者が例外であるべきではなく、むしろ普遍化すべきことである。それが震災の突き付けた問題であり、一番の教訓だ。社会保障基本法・憲章の中で示してきていたことが、いかに大切なことかが、震災を受けた東北地方にこそ見てとれる。

 3月11日という歴史的転換点が、構造改革再起動の出発点になるのか、新自由主義からの訣別の日にするのかは、私たちの責任であり、3・11を新自由主義との訣別の第一歩にしようと訴えた。

 なお、今春発表予定にしていた「社会保障基本法・社会保障憲章2011」は震災を経て加筆され、今秋に発刊の予定である。

井上英夫氏
井上英夫氏

後藤道夫氏
後藤道夫氏

渡辺治氏
渡辺治氏

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