裁判事例に学ぶ/医療事故の防止(10)局所麻酔剤の副作用にはアレルギーのみならず中毒・痙攣も

裁判事例に学ぶ/医療事故の防止(10)

局所麻酔剤の副作用にはアレルギーのみならず中毒・痙攣も

 昭和60年6月16日、11歳女児は教室の鴨居にぶら下がり、着床で手を突き受傷した。校医Yの外科医院を受診し、レントゲン撮影で左前腕骨複雑骨折と診断された(司法解剖では、橈骨・尺骨皮下骨折、体重31・9kg、血中リドカイン2mg/ml)。Yは鎮痛剤ペンタゾシン(極量0・15g)15mgを筋注させ、消炎鎮痛剤ジクロフェナクNa25mg2錠を内服させた。骨片による血管損傷と徒手整復によっては脂肪塞栓の発症を恐れ、観血的手術が必要と考え、到着した母親から承諾をえた。体重36kgと聞き、既往歴・アレルギー体質の有無は問診せず、その後の質問で熱性痙攣の既往はなかった。アトロピン0・5mgを筋注させ、副腎皮質ホルモン剤等含む点滴を開始し、注射器2本にキシロカインE R(10万倍エピネフリン含有、1%リドカイン:成人極量500mg≒1ml/kg)を20ccずつ吸引し、左腋窩部の皮下に浸潤させ(少なくとも10cc)、数分後に腋窩部の神経に伝達麻酔し(同10cc)、左手首をもち「まだ痛いか」と尋ね「うん」と返事され、腋窩部の神経に向って再度注入した(同合計25〜30ml)。除痛後15分にペンタゾシン30mg静注し、手術開始した。術中に突如、両手足が引きつり口から泡を出し、痙攣発作が起こり、血圧194/93、脈拍160で、筋弛緩剤サクシンR20mgを静注し、気管内挿管して人工呼吸器につなぎ酸素投与した。20分後2度目の発作で再度静注し、更に20分後も兆候が見られるなど2時間ほど断続的に全身痙攣し、計5アンプル使用した。抗痙攣剤10%フェノバールR 1アンプルを2回、血圧が高く抗圧鎮静剤アポプロンR を、発熱し解熱剤を筋注し、脳循環改善剤等を点滴内に加注した。翌16日人工呼吸器をはずし、午前7時過ぎ転医を求められ、同日10時40分頃、転医先病院で死亡した。

 遺族は、適応外の手術で、局所麻酔剤の過量投与で、中毒症状への処置も不適切と提訴(請求7578万円)した。裁判所は、キシロカインERを短時間に多量投与し、局所麻酔剤中毒を発症させ、処置時にジアゼパムを使用しなかった医師の過失を認め、4016万円の支払いを命じた(静岡地裁富士支判平1・1・20、判時1323・128、判タ704・252)。

 局所麻酔剤での有害事象は、その68・6%が局所麻酔剤中毒で、局所麻酔剤は中枢神経を興奮させ、痙攣が発症する。静注されたリドカインでは、血中濃度が、投与量(mg/kg)×2(μg/ml) に達し中枢神経症状を生じ得る。エピネフリン付加での循環系異常は12・8%でその吸収はリドカインとの併用で促進される。アナフィラキシーショックは1・4%で、流通数量から推定してリドカインで100万回に0・7件と少ない。中毒には投与量および投与部位での吸収動態や血管内注入に注意を要する。

 (同ニュース2009・3No.104より、文責・宇田 憲司)

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