裁判事例に学ぶ医療事故の防止(8)

裁判事例に学ぶ医療事故の防止(8)

緊張性気胸は死の扉を開く 生命の息吹の確認を

 平成7年9月1日午後10時30分頃、50歳女性Aは、ビル1階のごみ置き場に転落した。発見者は交番に電話し、10時45分現場から無線で救急隊に連絡し、救急隊員3人が到着した(10時52分)。Aは両下腿に開放骨折(挫創右30・左10cm)を受傷(推定出血量1000cc)し呼吸は浅く毎分30回、JCS30で、消毒、止血、固定の応急処置の上、救急車に搬入したが(11時10分)、総頚動脈で脈拍毎分60、下顎呼吸毎分7回、頚静脈の怒張なくJCS200で、11時25分頃、防衛医大病院救急センターに到着した。到着時に心肺停止し担当医らは胸部を切開手術して、輸血、大量輸液、昇圧剤の併用にて蘇生処置を継続したが、翌2日午前1時死亡した。

 遺族は、Aの死因は、手術中の心原性ショック・心停止で、その真の原因は緊張性気胸(救急医推認)にあり、(1)皮下気腫(頚部ないし胸部の触診・聴診で握雪音・捻髪音を感知)、(2)患側胸部の膨隆、(3)胸部の左右非対称運動、(4)患側の呼吸音の減弱、(5)呼吸音の左右差、(6)頚静脈怒張などの症状・所見から病態把握をして、直ちに胸腔穿刺(第2肋間鎖骨中央線)するかドレナージして脱気するか、直近外科医院に搬送して迅速にそうさせるかせず、陽圧人工呼吸して悪化させた救急隊員の過失を理由に、東京都に1億2522万円の損害賠償を求め提訴した。

 裁判所は、センター到着時の緊張性気胸の発症は否定し得ないが、その後の死亡の原因は解剖所見から出血性ショックで、救急隊員は、胸部→頭部→腹部→骨盤→四肢の順に様態観察して(1)と(6)の所見のないことを観察しており、陽圧人工呼吸は下顎呼吸毎分7回でやむを得ぬ処置で過失はないとして、請求棄却した(東京地判平13・6・29、判タ1104・163)。

 平成1年7月19日午後8時頃、21歳男性Bは、自動二輪車で走行中、進路妨害で転倒し、路上を数メートル滑走して貨物自動車に衝突した。午後8時20分輪番制で夜間救急待機の某非告示病院に救急搬送された。胸痛と右半身を下にして横臥しないと息苦しいと訴え、エックス線撮影では、左気胸と肋骨骨折を認め、外科医師はエラスター針で穿刺し、急激に脱気し、左上腕挫創を縫合処理した。透視下では、穿刺前に比し肺の膨張・拡大はなく、持続吸引が必要と判断し、ドレーンを挿入したが、持続吸引やウォーター・シール処置なく内圧減少維持処置がなかった。その後のエックス線写真では頚部に皮下気腫、気管の右方偏位、肺虚脱があった。午後10時30分頃全身痙攣、硬直して、呼吸停止、心停止し、翌20日午前1時33分、緊張性気胸及び肺挫傷による低酸素血症により死亡した。

 遺族は、病院側に自動車保険での填補額を控除して3000万円を請求して提訴した。裁判所は、緊張性気胸に対する持続吸引などの懈怠を認め、2452万円の支払いを命じた。救急隊には事故現場の様態や傷病者の重傷度の判断を誤り不適切な医療機関に搬送したと難詰した(神戸地裁尼崎支部判平10・4・28、判時1663・122、判タ988・258)。

 (a)患側胸郭膨隆、(b)打診上の鼓音、(c)呼吸音消失、(d)頚静脈怒張などに留意し、胸腔穿刺・ドレナージ後は脱気と症状改善を繰り返し確認することが重要である。

(文責・宇田憲司)

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