続・記者の視点(6)  PDF

続・記者の視点(6)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

診療記録の法制度が不備だ

 医療において、記録はとても大切なものだ。

 診療や看護を適切に進める土台になるのはもちろん、チームとして情報を共有するのに正確な記録やデータは欠かせない。

 診療報酬請求の裏付けには記録が必要だし、医事紛争が起きた時は事実経過を知る基礎資料になる。患者側から開示請求があれば応じる義務がある。

 ところが、法制度上の扱いには不備が多い。

 まず、法律によって保存期間がまちまちなうえ、期間そのものが短かすぎる。

 医師法、歯科医師法は診療録(カルテ)の5年間の保存を義務付けている(違反は50万円以下の罰金)。一連の診療の終結から5年間と解釈されている。

 保険の療養担当規則は、帳簿・書類その他の記録について、診療完結の日から3年間(診療録は5年間)の保存を求めている。

 医療法と同法施行規則は病院に限り、診療に関する諸記録について過去2年分の保存を求めている(違反は20万円以下の罰金)。手術・看護・検査の記録やエックス線写真などが含まれる。

 保存する記録の範囲、対象施設、期間の設定は、これで足りるだろうか。

 診療を進める際、過去の手術内容などの情報が必要なこともあるし、医学研究の大事なデータにもなる。

 また、保険診療にかかわる不正受給の返還は過去5年分が対象になる。

 民法による損害賠償の請求時効は、債務不履行の形の訴えなら10年。不法行為の形だと、損害と加害者を知った時から3年、行為があった時から20年。薬害肝炎・ヤコブ病のように発症に年月がかかる場合は、損害が生じた時から時効が始まるから、実は20年たっても請求の可能性は消えない。記録がないと紛争解決・被害救済の妨げになる。

 日本医師会の職業倫理指針も、各種の記録を「法律の定めにかかわらず、最小限10年間保存することが望ましい」としている。

 実際にもっと長く保存している医療機関は多いのだから、医療法を改正し、診療所を含めて、すべての記録の保存義務をとりあえず20年にしてはどうか。医療機関の廃止や置き場所に困る場合に備え、電子化して保管する機関も公的に設けよう。

 より大きな問題は、カルテなど記録の改ざん・虚偽記載・隠蔽に対する明文の処罰規定がないことだ。

 保存は適切に行うべきだから改ざんは保存義務に反する、という法解釈もありうるが、確立していない。

 医療事故に絡んで記録を改ざんした医師が、証拠隠滅罪に問われたケースはあるものの、検察は立件・起訴に積極的ではない。改ざんした者への行政処分もほとんど行われていない。

 しかし改ざん・隠蔽・意図的な虚偽記載が最も卑劣な行為であることには誰も異論がないだろう。処罰規定がないほうが有利だと考えるほど、医療従事者の倫理感覚は低くないはずだ。

 記録は、医療の透明性・科学性の支えだし、もはや医療側だけでなく、患者のものでもある。時代に合わない法律を早く改めよう。

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