続 記者の視点(9)  PDF

続 記者の視点(9)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

診療関連死の調査制度をどう設計するか

 民主党が政権を取ってから止まっていた診療関連死・医療事故の調査制度作りをめぐる動きが、このところ少し活発になってきた。

 この問題は、医療事故の社会問題化と民事訴訟の増加、刑事事件になるケースの増加を受けて2004年2月、内科・外科・病理・法医の4医学会が中立的専門機関を求める共同声明を出したのが始まりだ。つまり、もともとは医療側の要望だった。

 05年9月から第三者組織が解剖・調査・分析を行うモデル事業が始まり、08年6月には厚労省が医療安全調査委員会設置法案(仮称)の大綱案を公表した。

 大綱案は、診療に関連した疑いのある死亡の届け出を義務づけ、地方ブロックごとに置く委員会に強い調査権限を持たせるのが特徴だ。しかし、故意の疑い、標準的な医療から著しく逸脱した医療の疑い、リピーターなど4類型を警察へ通知すると定めた点を中心に、一部の医師たちが強く反対した。

 反対派の意見に乗っかって民主党が作った対案は、院内調査を基本とし、患者側が納得できない場合や最初から希望する場合は都道府県の医療安全センターが調べるというもので、対話の促進や裁判外紛争解決を重視するとした。

 今年7月になって日本医師会の検討委員会がまとめた提言は、第三者委員を含む院内調査委員会がまず調査を行い、それで究明が困難な場合は第三者機関が調べるという2段階方式で、民主党案に似ている。

 筆者は、この問題を政治マターにして対案を作り、政権につくと放置した民主党の一部議員たちの姿勢にたいへん疑問を感じるが、それはさておき、調査制度をどう設計するべきか。

 まず肝心なのは目的である。紛争解決に主眼を置く民主党案の発想は、医療側の都合であり、患者側をなだめればよいという意図が透けて見える。そんなことで患者・遺族は納得しないから結局、紛争の解決にもろくに役立たないだろう。

 患者側が求めるのは、原因究明と再発防止である。医療安全の観点から必要なことも同じで、原因を調べる努力を尽くしてこそ、再発防止にも、医療への信頼確保にも貢献できる。それが紛争防止にもつながる。

 そのために何が必要か。

 第1は、事実経過を早く確定させること。記録の改ざん・隠蔽を処罰する立法と、第三者機関による素早い記録確保が求められる。

 第2に、第三者機関を調査主体にする。院内調査では中立性に欠けるし、同じ職場の人間では問題点を率直に指摘しにくい。ほとんどの医療機関は調査能力が足りないし、日常診療がある中で労力がかかる。

 第三者調査と院内調査を並行して行うのは効率が悪い。

 とはいえ、医療機関が事例にしっかり向き合うことは重要だから、調査過程に病院側と遺族側の双方の委員が参加する方式を提案したい。

 第3は、実務調査チームの確保である。解剖の体制と評価委員会に加え、専従の臨床医、看護師、薬剤師らの調査体制が必要だ。

 第4に、届け出は義務づけたい。身寄りのない患者もいるし、医療事故の全体状況を把握すべきだろう。第三者機関へ届ければ警察への届け出は不要とする。

 警察への通知条項への反対論が制度実現のネックになっているので、この際、それはやめ、刑事事件にするかどうかは遺族と警察の判断にまかせよう。

 厚労省は医療事故全般を対象にした無過失補償制度の検討会を8月にスタートさせたが、そうした制度を作る場合も、しっかりした調査体制が欠かせないことを強調しておきたい。

ページの先頭へ