特別寄稿/溝部訴訟勝利判決確定とこれから  PDF

特別寄稿/溝部訴訟勝利判決確定とこれから

指導・監査・処分取消訴訟支援ネット 代表世話人 高久隆範

指導・監査・処分取消訴訟支援ネット 代表世話人 高久隆範

 岡山県保険医協会に事務所を置く「指導・監査・処分取消訴訟支援ネット」は、不当な指導、監査、違法な取消処分を許さないための保険医への支援など、日常的な運動を担うネットワークとして、2008年8月3日に結成された。04年9月から始まった溝部医師の指導、監査、取消処分、訴訟については、訴訟段階から一貫して溝部医師を支援してきた。支援ネットでは現在、弁護士グループによる健保法改正案の起案作業や、指導大綱・監査要綱において「行政手続法に基づく、透明性の確保された民主的な指導」「行政の恣意性を排除し、被監査者の弁明が尊重される監査」「行政裁量を逸脱しない、比例原則に基づく処分」を実現するための改善案を作成している。支援ネットに参加する京都府保険医協会として、代表の高久先生から、溝部訴訟勝利を踏まえて、今日の指導監査の実態と今後の運動について解説してもらうべく、寄稿していただいた。なお、溝部訴訟の経緯については、支援ネットのホームページ(http://siennet.web.fc2.com/)に掲載されているので、ご参照いただきたい。

 溝部訴訟高裁判決確定により、保険医として溝部先生は、完全に復帰することができた。支援をしてきた者にとっても大きな喜びである。

 取り消し処分という極刑にもかかわらず、厚労省は広範で無限の裁量権をほしいままにしてきた。高裁判決で初めてそこに歯止めをかけた。不正、不当を証明するのは処分する行政側にあること、処分にあたっては、比例の原則を適用し、監査要綱が定める基準以外の諸事情を考慮しなければならないとした。裁量権にも限度があるということである。「小さな針の穴に糸を通すようなもの」であったが、指導監査という闇の世界に確実に一筋の光がさしはじめた。

 溝部先生自身に固有な事情があったのではないかという点について明確にしておきたい。固有な事情はなかった。「開業地周囲」に固有な事情があった。監査の場で、同業の先生に「駄々をこねては駄目ですよ!」と言われて大きな衝撃を受けたことを語っている。また、保険請求に関してルールから逸脱した事例については当初から認めている。保険医であれば、複雑な請求ルールからの逸脱はある。開業地周囲の固有の事情は全国至る所にある。ということは、いつでもどこでもすべての先生方が取消処分の対象であり続けるということである。

 厚生局は、620ページを超える「指導監査マニュアル」をアップデートし、訴訟対応を社会保険大学校で学ばせている。従来から行われた手法は、持参カルテを全てコピーして「指導中断、患者調査、指導再開、指導中止、監査取り消し」という流れである。この流れはもう主流ではない。個別指導が終わってもいないのに監査に移行したことを判決で批判されている。再指導をして、争点を絞り込み、監査の場で論点を拡大して取り消し要件を充実させる流れに切り替わるのではないか。

 画期的判決といえる溝部高裁判決は、司法救済の道を初めて開いた。取消処分は、監査要綱の4基準にとどまらないで考慮すべきと判示した。しかし「手続上の違法」に関しては踏み込むことがなかった。そこに高裁の限界があった。大綱、要綱の問題には切り込んでいない。大きな課題として残った。

 この間、業界紙の系統的な勇気ある取材に大いに励まされてきた。「現状をどう変えたらよいのですか?」という真摯な問いかけに答えたものとして、指導大綱、監査要綱の抜本改善案を公表している。支援ネットでの蓄積を生かしたものである。行政指針とはいえパブコメが義務づけられている。いかに保険医の無権利状態を克服する行政指針を作らせるかが当面の課題である。

 多くの医師・歯科医師は、誇りを持って仕事を続けている。しかし、ある日突然、厚生局からの通知により指導監査取り消しという流れにのせられてしまうと、周囲の医療人が潮を引くようにいなくなり孤立させられる。生活権も奪われ医師、歯科医師、いや、人間としての誇りもずたずたにされてしまう。こんな、非道な前近代的なしくみはもう残してはならない。

ページの先頭へ