本の紹介 谷口謙詩集『惨禍』評

本の紹介 谷口謙詩集『惨禍』評

人の生を淡々と描いて想像力をかきたてる

谷口謙詩集『惨禍』
谷口謙詩集『惨禍』、土曜美術社出版販売、2100円

谷口謙先生の最新詩集『惨禍』について、「検死官として言葉なき死体と向き合い続けた作者は、孤独な死者たちの『事実』のみを記す。だが感傷や修辞が一切ない冷厳としたこのような記述は、死者に対する想像力をむしろ誘っていく」と河津聖恵は評している(京都新聞)。この詩集中、筆者の興味をもっとも強く引いた詩、「再会」を次に挙げる。

 再会

(前略)七十六歳男は風呂に入っていた/夫人との二人暮し/夫人が声をかけ返事があった/五十分頃再度声をかけた/返事がない/男は湯のなか 頭をつけて死亡していた/(中略)/夫人がR病院勤務の看護婦(当時)/彼は結核患者/愛のあげく結婚して退院する/(中略)/ぺらぺらぼくの書棚の書籍をいらったりしていたが/やがて来院しなくなった/何年ぶりの対面だろうか(後略)

◇  ◇

 一人の男の一生を、彼の人柄を、彼とのかかわりあった人たち(もちろん作者も含まれる)を淡々と描いて、読者の想像力をかき立てる。「生きる」とはこういうことなんだろう。「死ぬ」ことも。そうしてやがて忘れ去られて行くだろうことを暗示して、見事である。

(相楽・門林岩雄)

【京都保険医新聞第2648号_2008年7月21日_3面】

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