政策解説 医師需給推計と「偏在是正」国家管理の下での医師コントロールへ  PDF

政策解説 医師需給推計と「偏在是正」国家管理の下での医師コントロールへ

 厚生労働省の「第4回医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会」(3月31日)は、医師の需給推計結果を報告した。読売新聞は「2040年医師3.4万人余剰」(4月1日付)との見出しで、「政府は現在増員を認めている医学部の定員について、削減を含めた検討に入る」と報じた。

 医師養成数は1982年以降抑制されてきたが、2007年の「緊急医師確保対策」以降、国は医学部定員増を認めてきた。

病床機能報告への「医師数」追加を見送り

 「医療従事者の需給に関する検討会」は15年末に立ち上げられた。医師だけでなく看護師やセラピスト等、職種別に分科会を設けての議論が進んでいる。

 まず検討会立ち上げの前段に次の経過があったことを紹介しておきたい。

 7月29日、厚生労働省の「地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会」(座長・遠藤久夫学習院大学教授)第10回会議が開催された。当時、検討会は地域医療構想の前提となる「病床機能報告」の精緻化を目指す作業を進めていた。そこで厚労省は、病床機能報告の項目に「医師数」を追加したいと提案したのである※1。

 これに対し、出席者から「極めて慎重に考えてほしい」(日本医師会・中川氏)等の反発の声があがった。これを受けた厚労省は翌月の第11回検討会で「医師の需給見直しや地域定着対策の推進とそれに関連する把握方法は、別途、検討を行う」と見送りを表明した。この経緯を踏まえると、医療従事者の需給に関する検討会はその代わりにつくられたと考えられるだろう。

地域医療構想と同手法

 今回公表された医師需要推計のうち、一般・療養病床の「医療需要あたり医師数」は地域医療構想と同様の手法ではじき出された。高度急性期・急性期・回復期・慢性期の四つの医療機能ごとの推計値である。

 具体的には、直近の医療施設調査(2014年10月)の「病院に勤務している医師数」から「精神病院に勤務する医師数」を差し引き、「有床診療所に勤務している医師数」を加えた医師数を、上記四つの医療機能に按分する(図1、それに用いる比は高度急性期4.8:急性期2.7:回復期1.5:慢性期1.0)※2。さらに高度急性期・急性期の労働時間が他の病院・診療所の加重平均と「同レベルまで低下=上位推計」「50%縮小=中位推計」「25%縮小=下位推計」という形でパターン化して幅を持たせる。

 一方で供給については、16年度の医学部入学定員数(9262人)の継続を前提に、女性医師、60歳以上の高齢医師、2年目までの研修医の仕事量が低減する前提で試算された。

 図2、3に示されたのは、そうしてはじき出された推計である。それによると2033年に需要と供給が均衡し、その後は需要と供給が逆転する。冒頭紹介した読売新聞の「医師余剰」報道の「元ネタ」※3である。

自由開業医制との衝突

 協会は、地域医療構想における医療需要推計が「必要医師数推計」にも使われる危険性を指摘してきた※4。

 地域医療構想における「将来の必要病床数」は機能別に推計される。地域医療構想ガイドラインは、将来「病床機能の転換や集約化と併せて、次第に収れんする」ことを求めている。即ち事実上の目標値なのである。だとすれば、病床数と同様のやり方で機能別の「将来の必要医師数」が地域医療構想に書き込まれたら、地域の医師数も必要医師数へ「収れんする」べき目標となるだろう。

 これは、国民皆保険体制を支える原則の一つである「自由開業医制」(=医師がオートノミーに基づいて国家統制から自由であることを担保する仕組み)と正面衝突する。

 そもそも地域医療構想における医療需要推計はレセプトデータから算出した「医療資源投入量」に基づく推計であり、医師偏在や経済事情によって医療にアクセスできない人たちの需要を反映しない。レセプトデータだけを根拠にした推計に基づいて、必要な病床数・医師数を割り出すことは、アクセス阻害を固定化する恐れがある。しかし、国にとっては医療費抑制に向けて病床のみならず医師数もコントロールすること自体がねらいであり、今回の必要医師数推計はその意向をかなりあけすけに語っている。

 そのあけすけさは、第4回会議資料に散見される。たとえば「医師偏在に係る課題(その3)」には、医師偏在解消に向けて「地域における診療機能(診療科、診療形態、施設等)の需要を大きく超えるような診療機能への就業・開設について、一定の制限が必要ではないか」との論点があげられている。

 さらに「医師の地域偏在、診療科偏在の是正に向けた考え方(青森県の事例を参考に)」では、「新専門医制度」実施も視野に入れ、「医師の地域偏在、診療科偏在」の是正のため、専門医取得を目指す専攻医の募集定員や指導医の必要数を診療領域ごと・都道府県ごとに設定し、それを超える専門医の保険医登録を認めないことも提言されている。

偏在是正という名の開業規制

 実は偏在是正を名目にした医師の開業規制や適正配置について、3月3日開催の第3回会議でも突っ込んだ議論があった。

 席上、委員の一人である福井次矢氏(聖路加国際病院院長)は、医師偏在の要因はステークホルダーが困難な対策や効果的な対策を勇気を持って行わなかったことにあると指摘し、「米国ではフェローシップに入るところで専門医の割振りが行われ」、「ドイツでは開業する場所が決まって」いると指摘。これに対し厚労省の神田医政局長は、「保険医の定数枠を診療科ごとに決める」などの手法もあり、それは「憲法上の問題も公益性が十分にあれば成り立ち得るとは思う」が、「まずは職業選択の自由を尊重しながら」「できるだけ自らの意思として偏在を解消していけるように」やってきたとコメントした。

分岐に立つ皆保険体制

 自由開業医制から国家管理の下での医師コントロールへ。国民皆保険体制の重要な原則の転換が、至るところで語られ始めている。日本医師会自身も「医師の地域・診療科偏在解消の緊急提言」(2015年12月2日)で地域医療構想の「医師配置版」をつくること等を提案し、「医師自らが新たな規制をかけられることも受け入れなければならない」と表明している。

 地域に暮らし、地域の人を診て、生命と健康を支えてきた日本の皆保険体制。それを国民と共につくり上げてきた保険医運動にとって、恐らく最大の分岐が訪れている。

 医療と経営を守り、患者の生命を守り得るために、私たちは何を発言すべきか。突き付けられた課題に対する保険医運動の発信を、今日の情勢は待っている。

〈脚注〉

※1 「平成26年度病床機能報告の課題等と平成27年度病床機能報告の対応について(案)」より。

※2 なお、医療機能別の医師需要数は明示されていない。

※3 読売の見出しにある「3.4万人」は図2の2040年供給推計33.3万人から需要推計(中位)29.9万人を差し引いたものと見られる。

※4 京都保険医新聞第2949号付録「『新専門医制度』と医療制度改革」他を参照いただきたい。

〈参考・引用文献〉

「25年の医療需要、29万〜31万と推計」(メディファクス・2016年3月31日)

「2016年3月3日 医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会(第3回)議事録」(厚労省ホームページ・医政局医事課)

「医療従事者の需給に関する検討会第4回 医師需給分科会」資料(2016年3月31日)

2015年7月29日 第10回地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会議事録医政局

2015年8月27日 第11回地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会議事録医政局

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