弱者が生きていて良かったと思える社会を築くために/木津川 計・『上方芸能』発行人・和歌山大学客員教授

弱者が生きていて良かったと思える社会を築くために

木津川 計・『上方芸能』発行人・和歌山大学客員教授

残酷な笑いがもたらしたもの

 この頃、考えることですけれど、世の中が年毎に残酷非情になっていると思うのです。私の領域の芸能のことで言いますと、今から28年前、1980年の漫才ブームから、強いものが弱いものを笑うという大変残酷な笑いが、子ども社会あるいは若者に持ち込まれて、これが社会化するわけです。当時15歳で、この残酷な笑いを受け入れた少年が、今43、44歳になっているわけです。東京・霞が関で政策をプランし、それを施行する中核の官僚になっているわけです。子どもは食べ物を口にして大きくなっていくだけではなく、文化を食べながら成長するのです。どういう文化を食べさせるか、これは大人社会の役割です。強いものが弱いものをいたぶって当たり前、という文化の洗礼を受けて大人になったら、今日の残酷非情な世の中が到来しても、私は当たり前だという気がします。

アトム・寅さん…心優しい文化こそ

 人々は皆、実は心優しい文化を求めているのです。国民的多数を獲得した文化、例えばアニメでは「鉄腕アトム」、映画では「寅さん」、マンガでは「サザエさん」です。これは、“心優しいラララ科学の子”のアトムであり、寅さんの映画では悪人が一人も出てこなかった。これは、山田洋次の人間観ですが、映画史上最大という観客を集めました。サザエさんは3世代が同居して、皆が波風立てず、家族のちょっとした失敗で我々は笑うのですけれども、仲良く暮らしているわけです。こういう相手に対する気配りや気遣いというもの、一言で言いますと優しさですが、これが多くの人が求める、実は文化なわけです。今、手塚治虫がいなくなり、渥美清がいなくなり、そして長谷川町子もいなくなり、心優しい文化がなくなったから世の中が残酷非情になったとは私は言いませんけれども、次の世の中を担う子どもたちに、心優しい文化を与えていかなければ、弱者がこれから一層いたぶられるんではないかと思うわけです。

子どもと老人が大切にされる国に

 一国の政治の良し悪しを判断するには、子どもと老人がどう扱われているか、ということを見ればわかります。今、少子化で、子育ては働く女性にとっては大変なことです。公立の保育所がどんどん少なくなって、民間になっていき、しかも保育料が上がるわけです。月給は増えてない中で、その高い保育料の負担ができない経済的に大変苦しい、また一層ワーキングプアがたくさん生まれてきているわけです。

 老人は老人で、このたびの後期高齢者医療制度で弱者です。朝日新聞の朝日歌壇(08年4月21日)を見て驚いたのですけれど、老人が怒っているのですね。わけても佐佐木幸綱さんが選んだ短歌欄は、10席のうち第1席から4席まで後期高齢者の怒りの句です。こんな内容です。「『後期』高齢者手話表現に迷いつつおわりは近いと手を動かしぬ」

 辿れば明治からずっと、「少年よ大志を抱け」で頑張って頑張って、日本を高度経済成長させ、経済大国にまでもってきて、お荷物扱いされるようになるとは、思っていなかったわけです。こうなりますと、「敬老の日」が白々しくなりますし、7、8年前に話題になりました「年寄りは死んでください国のため」です。75歳以上の方の誕生日は祝いにくいという世の中になってきているわけです。

 弱いものが安心して暮らせる、これこそが、私は政治の責任だと思っています。「社会保障基本法」は、そういう弱者が生きていて良かったと言える世の中のために、ぜひ作らなければならない、と思っています。(08年5月)

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