医療の不確実性を考える(13)

医療の不確実性を考える(13)

弁護士 莇 立明

「医療死亡事故」に対する政府の「調査委」設置立法の動きを考える(2)

 医療死亡事故が医療側の意思に反してミスの有無が訴訟で決まる前の段階で「調査委」の調査を受け不利益を受けることとなると、本来、医師・患者間の私的契約関係である医療のあり方から外れ、医師・患者間の関係がいきなり警察的行政の対象となる可能性がある。医療は患者と医師の協力・共同関係である。国家や医療行政は外から必要な限度で医療を監視し、指導するものである。医療の場における患者の死亡は自然死・病死が本来の姿であり、医師が異状死と認めた場合でなければ警察への届け出は必要がない(医師法21条)。これが建前であり、原則である。このような関係者の誰もが認める医療常識に反して、医療過程で死亡した患者の死に患者側が疑念を持ったというだけで(条文を見ると、疑念を持たずとも、死亡が医療に起因すると疑われ、その死亡が予期したものでなければ、それだけで良いとされる)、いきなり国家機関である事故調査委員会の権限が発動して、警察の取り締まりの対象になってしまうということはあまりにも現実の医療の姿を見誤る発想ではなかろうか。福島・大野病院事件の県病院当局が事故調査委に託した調査目的が「過失を前提とする患者家族への補償のため」であったとされており、驚きである。このようなことになれば、意識するとしないとにかかわらず医療全体における委縮的傾向―そして医師の大病院や困難な分野からの逃避、撤退現象に拍車がかかるだけのことになるのではないか。

 政府の「調査委」が設置されれば、「医師の刑事訴追に利用される」として医療界の一部に反発があると既に前置きされているが、当然予想されることである。しかし、当局は、「調査は犯罪捜査のためではない」と明記することとしたとある。

 既に政府は、医療事故による死亡の原因究明・再発防止という仕組みについて本年4月に、原因究明・再発防止等の在り方に関する試案―第3次試案―を公表している。

 そして今回の「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」については約1カ月を目途に広く国民の意見を募集するとのことである。多くの意見が寄せられることが期待される。

 なお、04年9月の医療法施行規則の一部改正で、財団法人日本医療機能評価機構が国立高度専門医療センターなどの一部の高度専門医療機関から医療事故情報収集等を義務づける事業を開始した。併せて、義務化ではないが、各都道府県や政令市、特別区の長に対して各管下の一般医療機関に対しても医療事故情報の報告を求める通知を発し、前倒し的な施策が実施されてきていた。これらは、今回の「医療安全調査委員会」設置法の動きの前倒し的施策であった感がある。

【京都保険医新聞第2654・2655合併号_2008年9月1・8日_3面】

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