代議員アンケート(46) 医療事故に対する警察関与(刑事責任の追及)

代議員アンケート(46)
医療事故に対する警察関与(刑事責任の追及)

調査期間=10月15日〜10月27日
対象者=97人 回答数=39人(回答率=40・2%)

 福島県立大野病院の刑事訴訟・無罪判決を機に、医療事故に対する警察関与が医療界のみならず社会問題となった中で、会員の意識を探るため、協会代議員に対しアンケート調査を行った。回答した代議員は39人(内、診療所は35人、病院は4人)で、回答率は40・2%であった。

医療界全体への影響は深刻

 現在の医療界における警察関与の象徴と言える大野病院事件について、「あまり知らない」「全く知らない」と答えた方は1人もおらず、回答者全員が程度の差こそあれ、この事件に注目されていることがわかる(図1)

図1 大野病院事件の認知度

 そこで、回答者自身もしくは自院のこの事件にかかわる影響を尋ねたところ、「警察への不信感」が最も多く、この一項目だけが過半数を占めた。続いて「患者に必要以上に警戒」「萎縮診療につながった」となっている(図2)。更に、この事件の医療界全体への影響は「萎縮診療につながった」が最も多かったが、その他の項目もほぼ同率に選択されており、先の回答者自身の影響以上に医療界全体に対して影響があったと考える方が多かった(図3)。回答者自身への影響について選択肢の項目が平均して1人あたり1・9項目選ばれていたことに比較して、医療界への影響が1人あたり3・5項目あったことからも、ご自身以上に医療界全体への多種多様の影響を心配している姿が浮き彫りとなった。

図2 大野病院事件の自身への影響(複数回答)

図3 大野病院事件の医療界への影響(複数回答)

 大野病院事件の被告である産婦人科医師が無罪判決となったことについて、ほとんどの回答者が「当然である」と答えている。なお、「不当である」と答えた方はおらず、「一部疑問が残る」は1人だけであった(図4)。この結果から、無罪判決は当たり前の結果であり、そもそも、この医療事故によって当該医師が刑事告訴・逮捕されたこと自体に疑問が呈されたと言えるのではないだろうか。

図4 大野病院の無罪判決について

8割が重過失以外の業務上過失致死傷罪適用に否定的

 大野病院事件に関連して、医療における業務上過失致死傷罪の適用について、「重過失以外は適用すべきでない」が8割を超えていた。また、2人が「医療に適用すべきでない」と医療に適用すること自体を絶対否定している一方で、3人が「柔軟に適用すべき」と答えており、少数意見ながら、多様な見方が散見された。なお、「現行より広範に適用してよい」と考える方はいなかった(図5)

図5 業務上過失致死傷罪

 続いて、異状死体の届け出について尋ねたところ、「まず定義の統一」を望む方が7割を超えていた。続いて「医療機関の裁量に委ねる」が2割であった。1人のみ「警察・司法に委ねる」と回答する方がいた(図6)。ほとんどの方が異状死の判断について、医療の専門家たる医師がイニシアティブを取るべきと考えている結果であろう。この無罪判決を機に、各学会間で統一した異状死の定義づけをするように検討することを期待したい。

図6 異状死体の届け出

警察関与を望む場面の4割は患者とのトラブル

 今度は逆に警察に関与してほしい場合を尋ねてみた。それによると「患者とのトラブル」が最も多く4割を超過していた。続いて「(司法)解剖の促進」が3割。「暴力団対応」も1割あった。警察に関与してほしいことは「特にない」が3人いた(図7)。最近の医事紛争状況から見ても、モンスター・ペイシェントと呼ばれる患者とのトラブルは自院のみでは対応できない場面が多々あることが想像できる。会員医療機関から相談のあったケースについては全て協会が対応しているが、協会の判断としても、警察に依頼した方が良いと思われることも稀に認められる。警察は基本的に民事不介入であるが、暴力(暴言)沙汰や業務妨害等に相当する場合は、迷わず110番通報されることを協会としてもお勧めしたい。警察への通報を戸惑う会員がいることは承知しているが、これは従業員を守ることにもつながるので、場合によっては勇気を持って行動していただきたい。もちろん、協会としても時々に応じた助言は惜しまない。

図7 警察関与を望む場面

 司法解剖については、3割程度しか選択されていないが、これは回答者のほとんどが診療所であることも影響しているのだろうか。解剖を施行して死因を突き止めることは、紛争予防の観点からも非常に重要な要素となってきている。我が国は欧米に比べ死因不明大国などと揶揄されているらしいが、死因が不明なばかりに紛争が拡大する事態を、協会も目の当たりにしているので(司法解剖でなく病理解剖や行政解剖でも良いが)、とにかく、異状死の疑いや予想されなかった患者の死亡の場合は、死後CTや解剖による死因究明を勧めていきたい。

医療の専門性を重視し警察介入は犯罪に限るべき

 自由記述の形態で刑事事件になった、あるいはなりそうな印象の深い医療事故について尋ねたところ、1人から以下のような回答があった。

 ▽看護師による点滴ミスによる死亡。

 次に、警察の関与について意見を尋ねたところ、14人から回答があったので全てを紹介する。

 (1)医療事故の場合は医療の専門性を重視し、慎重に検討されるべきで大野病院への警察対応は大いに非難されるべき。社会的責任が重大。

 (2)医療行為に警察が介入するのは犯罪に限るべき。「刑事訴訟を受けない」という条件がないと当事者は真実を語らず失敗を活かすことができない。

 (3)まだまとまりにくいこともあると思うが、医療事故の場合はまず医療事故調査委員会みたいなところで審査するようにした方が良いと考える。

 (4)悪意をもって診療した場合を除き、医療行為の結果を理由に刑事責任を追及されるのであれば、医師は身を守れないと思う。

 (5)事件のみ介入すべきで事故には慎重な対応を求める。特に患者もしくは家族からの申告に対しては。

 (6)警察の判断に任せないこと。

 (7)重大な過失が疑えられれば警察の介入があっても法治国家としては当然だと思う。

 (8)医療事故への警察介入は法的に禁止すべきで、公正中立な医療事故調査機関での調査と鑑識結果により明らかな重過失の場合は業務上過失致死傷罪を適用すること。

 (9)医療現場には警察不介入が必要と思う。

 (10)帝王切開についてこの事件は民事訴訟をしてはいけないと言っているのではない。医療の結果により手錠をかけられるのでは、帝王切開はできないということである。

 (11)大野病院のケースは介入すべきでない。

 (12)医療事故は専門的ないろいろな要素・条件を含んでいる。専門外の警察などの一方的な早期介入は不適当と考える。

 (13)重過失以外は介入すべきでない。

 (14)医療事故であれ何であれ現行では告訴がある限り、警察の介入があり得るので、法律が変わらなければどうしようもないと思う。

会員が安心して医療を行えるような活動を協会に望む

 協会の医療安全活動全般について意見を尋ねたところ、5人から回答があったので全てを紹介する。(1)では協会のコメントを求められているが、政府の進める医療事故調査委員会については、簡単に医療機関・患者に公平な組織が設立されると判断するには情報が少なく、手放しに肯定できるものではない。そのことは回答者から(5)でも指摘されている通りである。現時点ではその実効も含めて、注視していきたいと考えている。

 (1)厚労省第3次試案について十分な内容のチェック(特に患者代表の参加)並びに与野党間で検討されている議員立法に向けての動きについて考えていただきコメントをお願いしたい。

 (2)今回のデータ結果を公表してほしい。

 (3)義務を十分果たさず、権利ばかりを主張するような人が増えている。日々、会員が安心して医療活動が行えるよう、これからもよろしくご指導願いたい。

 (4)一般市民に常に医療や医師の置かれている現状を正確に広報していく努力が必要。今、その成果が徐々に上がってきているので評価している。

 (5)現在一部に、医療事故に関して警察ではなく調査委員会を設けて検討するのが良いのではないかといわれているが、これもまた、委員の選び方により偏りが生じると思う。大学教授だとかいう肩書だけで選ばれるとすれば、あまり意味がないと思うので公平なものになれば賛成できると思う。

【京都保険医新聞第2667・2668号_2008年12月1・8日_2面】

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