人間と自然が大切にされる社会の仕組みづくりを!/鎌田論珠・ノートルダム教育修道女会会員

人間と自然が大切にされる社会の仕組みづくりを!

鎌田論珠・ノートルダム教育修道女会会員

市場万能主義が生み出した社会

 10月(08年)の初めに、東京で信じられないような悲しいことが起こりました。出産を間近に控えた妊婦の方が、急な体調の変化で激しい頭痛があり、救急で手当てを受けようとされたのですが、錚々たる大病院に次々と断られて8つ目の都立墨東病院で帝王切開により出産され、脳内出血の手術も受けられたわけですが、結局3日後に亡くなったということがありました。大きな病院がたくさんある首都東京の中心でこんなことが起こっている。ということは、特定の医師や病院の責任という問題だけではすまないと思います。

 亡くなった方の夫は、「当直医を責めないでほしい、医師たちは必死にやってくれた」と現場の対応を前向きに評価しながらも、「妻が死をもって浮き彫りにした問題を医師・病院・都・国で改善してほしい」と、産科医不足やネットワークシステムの機能していなかった点を挙げておられます。そして「これを契機に日本における出産の状況が改善されたら、自分は息子にこれを変えたのはお前のお母さんだよと言いたい」とも言われたそうです。この事件をきっかけに行われた緊急調査によると、全国75ある総合周産期母子医療センターの9割以上が、産科医の確保に苦労している状況が明らかになりました。

 けれどもこうした状況は、今に始まったことではありません。また、産科だけの問題でもありません。10月22日に東京高裁は、9年前に過労によるうつ病で自殺をされた小児科医・中原利郎さんの遺族が病院を相手取っておこした損害賠償を求める控訴を棄却しています。中原さんは遺書の中で、負担の大きい当直医や看護師の疲労蓄積を案ずる思いを記しておられました。お父様の後を継いで小児科医になっている長女は、「今医療の第一線は瀕死の重態に陥っています。あまりに貧弱な小児科医療」と述べておられます。

 医療だけではありません。介護現場でも類似のことが起こっています。介護現場は全国的にも離職率の高い職場ですけれども、京都市の老人福祉施設協議会が特別養護老人ホームの職員に対するアンケートをとられた結果、もう辞めたいという答えが半数を超えたということです。これは決して職員の皆さんに熱意がないわけではなく、人手不足や低賃金などで専門性を生かした十分なサービスができない、その結果、利用者からも苦情や不満が増えている結果です。

 そして、私たちが毎日心配して見守っている世界の金融危機です。各国政府や金融機関はもちろん国際的な協力の下に事態の改善に向けてできる限りのことをしています。それにも関わらず、事態は日に日に深刻になっているのが現状です。

 結局、これは全て根が繋がっているのではないか、30年来日本と世界を覆ってきた市場万能主義の結末ではないだろうかと思います。市場の選択が社会をよりよい方向に進化させる、ということになっています。ところが市場の選択というのは、より効率的、より儲かるのにはどうすればよいか、ということが基準ですので、あるべき社会を作ることができない。これが今、私たちがおかれている状況です。

 国立大学も独立法人化され、これからの学問研究が心配されています。今回ノーベル化学賞、物理学賞が日本から出て、大変私たちも喜んだわけですけれども、この30年間の研究の歩みを支えたのは、特別目に見えた結果が出ない基礎研究を支え続けた大学の研究システムがあったからだと思います。今後、このまま市場主義の中で、本当に優れた研究結果を出せる基礎研究を育てていくことができるのか疑問です。

 他の教育の分野にも目を向けてみますと、中学3年生の学力テストの結果を公表することが、大きな問題になっています。それはいったい、教育にどういう効果をもたらすのでしょうか。

あるべき社会求め基本法の実現を

 私たちはそれぞれ、おそらくこのままでいいとは思っていません。でも一人ひとりの志や思い、努力だけではこの社会を変えていくことはできません。やはり、人間が大事にされ、人間もその一部である自然が大事にされる、大事にすることを価値とする、そういう社会の仕組みを作らない限りは、行きついてしまったこの袋小路を抜け出すことはできないでしょう。

 私は法律家でも経済学者でもありません。教育現場にはおりましたが、教育学者でもありません。けれども、これを何とかしたいという思いでいましたところ、「社会保障基本法」をつくる動きに加わらないかと呼びかけていただきました。若干の躊躇はありましたが、私のような一般市民でも勉強しながらこういう動きに参加させていただけることは大変有難いと思いました。私のような思いをもった他の方々も多くおられることでしょう。そのような思いをつなぐことが、実際に新しい日本の、そして世界の仕組みづくりの一助になるのではないか、という願いからです。一日も早くこの「社会保障基本法」が現実のものとなるよう、ささやかながら動きに参加させていただいています。そして、志を共にする仲間の輪が速やかに広がっていきますことを心より願っております。どうぞよろしくお願いします。(08年10月)

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