主張/高齢者の所在不明問題 IT化はこの問題を解決するか?

主張/高齢者の所在不明問題 IT化はこの問題を解決するか?

 昨今の高齢者所在不明問題は、今日の日本社会の病根の一つの現れとして、痛ましい事例や年金の不正受給例が散見される。地域社会も親子・兄弟関係も崩壊して全ての絆が切れて孤立し、放置または隔離されている人々(既死亡者を含む)が存在することである。行政組織も住民基本台帳ネットワークもこの問題には全く対応できていないことが判明した。精力的な民生委員の居る地区では社会の見守りが機能されているが、これはボランティアに支えられた限られた地域で、国・自治体の正規システムとなっていない。結局、各人は自らが手続きをしない限り社会から放置されたままとなる。

 民主党政権に代わっても「IT戦略本部」は残存し、本年5月には「新たな情報通信技術戦略」を発表した。「IT革命が国民の暮らしの質を飛躍的に向上させる」として、「国民本位の電子行政」「全ての国民に質の高い医療サービス」などが謳われている。すでに2003年「e-Japan戦略」の時から全く同じ方針が語られ、電子政府の構築に膨大な国費が投入されてきた。それにもかかわらず一見便利そうな電子申請の多くは今日利用されずに、多額の維持費を浪費している。その総括はなされないままである。

 日常的にパソコンに接している日本国民は6割弱しかいないとの調査報告もある。現在議論されているIT化は/デジタル・デバイド(パソコンを使えない人が不利になる格差)/の解消に応えていない。経済産業省のクラウドコンピュータによる健康サービス産業15兆円興業や、総務省の「光の道」構想も、パソコンを使わない人には無用の長物である。今露呈されているのは、まさしくこのような情報化社会の谷間に多数の国民が存在する/無縁社会・日本/である。

 一方、IT化は経費削減と一体的に語られ、人員削減が主目的の一つである。すると現場の足でかせぐ情報は入らなくなり、さらに無縁化状況が進む恐れが強い。逆にインターネットで情報を配信すると、それをもって全ての人に周知されたものと見做す行政の姿勢が強まることは必定である。そこでは少なからず取り残された者たちが放置・無視される。

 政策としてIT化で国民生活の利便性を向上させるのは良いことである。しかし、それは行政のスリム化や基盤整備、IT化の得意分野などに限るべきである。それ以上の国費は、行政や福祉による人の絆の(再)構築にこそ充てられるべきである。医療のIT化構想も現在までの議論は、やはり人間不在・現場知らずの空論が多い。医療や看護・介護・見守り・救急対応などは全て、/人手と人的交流/があってこそ達成され得るシステムである。人手が必要な分野に人手を当てて国費をつぎ込むという本道を外れてはシステムは回らない。ITはその補助的役割に過ぎない。政府は空疎な「IT革命」論を振り回すことなく、雇用を拡大することによって経済の活性化を図る発想に徹底すべきである。

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