主張/救急医療の制度的・経済的充実を迅速に

主張/救急医療の制度的・経済的充実を迅速に

 協会は3月14日(土)に、「救急医療の現状と限界」をテーマに、2008年度医療安全シンポジウムを開催する。関連する訴訟事例を挙げる。

 1993年10月8日午後4時23分、38歳女性は、自動車を運転中、奈良県内で民家のブロック塀に衝突し、2次救急の県立病院に救急搬送された(4時47分)。血圧158/26で、意識障害(JCS3-2:刺激で覚醒なし)があり、眼振を認めた。左顔面から左鎖骨・頚・肋部に打撲の跡を認めた。呼吸・循環、胸・腹部の聴診は異常なく、腹部膨満や筋性防御なく、四肢動態などにも異常がなかった。頭部CT・血液検査が5時9分、頭部・胸部・腹部単純X線撮影が5時28分に実施され、CPK197(↑)以外は異常なかった。

 頭部外傷2型の診断で、バイタルサイン4時間ごとと指示され入院した(6時30分)。7時ごろ急変し、血圧測定できず、動脈採血中に呼吸停止し、心マッサージ・気管内挿管し、ポータブルX線検査で異常なく、外傷性急性心タンポナーデを疑い、非エコー下で心嚢穿刺したが吸引できなかった。8時7分死亡した。死亡診断は、心破裂の疑いであった。

 遺族は、担当した脳神経外科医師の過失を根拠に、医師と県に7930万円を請求し、奈良地裁は棄却した。控訴審では、死因を外傷性急性心タンポナーデと鑑別診断する追加鑑定が採用され、胸部超音波検査を行い心嚢内出血を診断して、直ちに心嚢穿刺、あるいは心嚢切開、または開窓術を自らするか、可能な医師を呼ぶか、3次救急病院に転医するかすれば、救命できた筈として医師の懈怠を根拠に、県立病院での救急医療行為を公権力の行使と解し、県に4866万円の支払いを命じた(大阪高判平15・10・24、判時1850・65、判タ1150・231、同ニュース2005・1No.79)。

 救急医療に当たらざるを得ぬ、告示医療機関の救急医療非専門医には厳しい判決である。しかし、救急医療機関は、そのための設備・施設と、「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」を要件とされ(救急病院等を定める省令1条)、医師には「救急蘇生法、呼吸循環管理、意識障害の鑑別、救急手術要否の判断、緊急検査データの評価、救急医薬品の使用等についての相当の知識」が求められ(1987年1月14日厚生省通知)、担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容、程度が異なると解するのは相当でなく、救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うとされた。

 救急医療に限らず、医療には不確定性を伴い、迅速な確定が困難な事象も多い。医学・医療の現行の能力を超える高い要求水準や、それへの期待に応えきれず「立ち去り型サボタージュ」(小松秀樹『医療崩壊』)を促進して、更に労働力低下や医療機関の疲弊から、救急業務協力申出の撤回を余儀なくされることのないよう、制度的・経済的充実が求められる。シンポジウムにぜひ参加されたい。

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