世界妖怪会議の思い出  PDF

世界妖怪会議の思い出

草田英嗣(上京東部)

 勤務医時代に長く携わってきた未熟児網膜症について書く予定でしたが、病気以外のテーマで!…とのお話があり、軽くてもいいの?…で変更しました。

 今から15、16年前、済生会吹田病院勤務当時、呼吸器外科の友人(現、京都第二日赤)から、鳥取県境港市で開かれる「世界妖怪会議」に行かないかと誘いを受けました。会長は水木しげる氏で、作家の京極夏彦氏らの名前が連なっておりました。

 子どもの時は漫画に夢中で、少年、少年画報、冒険王などを、多くの付録にわくわくしながら読み漁っていました。手塚治虫、横山光輝、石森章太郎など代表的な作家たち…、その中でも特に、不気味さとユニークさ、冒険心、人間くささ、ちょっぴり政治も感じさせる、ゲゲゲの鬼太郎(墓場の鬼太郎)をはじめとする水木漫画に嵌り込んでいました。さっそく行こう行こうということで、2家族で1泊で参加しました。

 この「世界妖怪会議」は、その多くは水木しげる氏の生誕地である境港市で開かれます。市が全面的にバックアップして、市民会館で開かれました。前夜祭では屋外の会場で、水木しげる会長や作家たちの座談会があり、個々の妖怪たちの持っている、特徴や、性質、攻撃武器などいろいろな内容の妖怪話がありました。その間も、会場の席の間を、ねずみ男や猫娘、砂かけババア、ぬりかべ達が動き回り、相手をして盛り上げていました。また、その場で真っ白のTシャツに、頭に浮かぶ妖怪の絵を描くコンクールもあり、友人の描いた妖怪が賞に入り、本人がそのTシャツを着て、壇上で会長からその絵の説明、評価を受けるイベントなど盛りだくさんでした。東京や、横浜、博多など遠方からの会員たちも多く驚きました。

 翌日の会場はさらに賑わいをみせ、会長の戦争体験や、どのようにしてゲゲゲの鬼太郎や目玉おやじ達が誕生したかなど、今までもそれとなく疑問に感じていたことへの回答のような、多くのパネル展示や発表があり、私にとって、本当に興味深く有意義な「学会」でした。会場に続く沿道で、今でも着用しているTシャツなど多くの妖怪グッズを購入し、700メートルに及ぶ水木ロードで、多くの妖怪たちの彫像と一緒に写真を撮り、2日間の妖怪の旅から帰ってきました。私も多忙となり、最近は全く出席できないで現実にどっぷり浸かっております。少しでも時間を見つけて、また妖怪たちに会いに行きたいと思っています。

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