レセプトオンライン請求を“義務化”する狙い 社会保障カードから国民総背番号制への布石

レセプトオンライン請求を“義務化”する狙い
社会保障カードから国民総背番号制への布石

診療報酬の請求方法を「オンライン」に限定される期日が、刻一刻と近づいてきている。しかし医療現場の実態を把握しているならば、義務化がいかに無謀な政 策か、火を見るより明らかである。オンライン請求の義務化は、これまで保険医協会が指摘してきた問題点に加え、さらに大きな問題を内包している。なぜ政府 は“完全義務化”に固執するのか。その理由と問題を指摘したい。

  08年10月28日、厚生労働省の社会保障カード(仮称)の在り方に関する検討会は「これまでの議論の整理」を公表した。10年度末を目途に導入に向けた基本計画を作成する、としている。

 社会保障番号・カードの問題は、大きく言って次の三点である。

 一、社会保障個人会計の導入につながり、社会保障給付の抑制につながる危険性があること。

 二、社会保障カードと住基カードとの一体化で「国民総背番号制」導入の可能性があること。

 三、オンライン請求の義務化によるレセプトデータ及び特定健診等データの国による収集・分析と「国民総背番号制」がリンクする危険性はないのか。

社会保障カードとは

 社会保障分野におけるICカードの活用については、「骨太方針06」により「社会保障番号の導入」が提起され、これに関する関係省庁連絡会議が「社会保障番号が記録されたカードを国民一人一人に配布する」ことを前提に実務的な議論を整理、費用を試算していた注1)。そして、杜撰な管理体制が大きな混乱と被害をもたらした年金記録問題の再発防止を名目に、当時の安部内閣と与党が11年度中を目途に社会保障カードを導入する注2)として、07年9月以来、厚労省で検討され、08年1月には基本的な構想注3)が打ち出されていた。

 10月28日に出された「議論の整理」は、社会保障カードについて、「将来を見据えた社会保障制度全般を通じた情報化の共通基盤」となり、「年金手帳、健康保険証、介護保険証としての役割を果たし、年金記録等を簡便に確認できるものとして検討」してきたという。

 厚労省は当初、健康保険証をカード化した健康ITカード注4)を検討し、内蔵されたICチップに本人の診療情報等を収録する構想だったが、この構想は廃棄された。検討されている社会保障カードには、ICチップに「本人を特定する鍵となる情報(本人識別情報)」を収録する。年金記録、レセプト情報、特定健診結果等に関する記録へはパソコンで、被保険者資格の確認は医療機関等の情報端末で、中継データベースにアクセスして情報を要求する。

 中継データベースは、本人識別情報及び被保険者記号番号という必要最小限の情報しか持たない。年金記録等や保険資格情報は各保険者のデータベースで保有し、中継データベースから各保険者に情報を要求する仕組みが想定されている資料1

 厚労省資料だけを見れば良いことずくめの感もあるが、大きな問題がある。

社会保障個人会計の導入でカードが給付縮小の道具に

 社会保障番号の導入は社会保障個人会計の導入の議論とは切り離せない。

 社会保障カードに収録される「本人識別情報」について、「議論の整理」は「第1案:制度共通の統一的な番号」または「第2案:カードの識別子」を「基本として更に検討を進める」としている。第1案は名称が何であれイコール社会保障番号であり、第2案は実態として社会保障番号と同様の取扱いとなる。

 遡ること06年5月、経済財政諮問会議の民間議員4人が「社会保障番号と社会保障個人会計の導入に向けて」と題した参考資料を提出。同年7月の「骨太方針06」では、「社会保障番号の導入など社会保障給付の重複調整という視点からの改革などについても検討を行う。また、社会保障個人会計について、個々人に対する給付と負担についての情報提供を通じ、制度を国民にとって分かりやすいものとする観点から、検討を行う」と記載され、これが「社会保障給付の更なる重点化・効率化を推進する」=“社会保障給付の縮小”のための方策であることが明らかになっている。

 これに対して、日本医師会は、(1)社会保障番号の導入は、財政的な目的で医療の内容に制限を加える“管理医療”を導入しやすくなる、(2)社会保障個人会計の導入のねらいは、公的保険給付範囲の縮小と、縮小部分の民間保険への移行にあるのは明白で、容認すれば国民皆保険制度が崩壊する恐れがある、と批判している注5)

 この批判は正鵠を得ている。経団連は04年9月の提言注6)で「社会保障個人会計の導入」を打ち出し、「社会保障の各制度から同じような趣旨で行われている給付を合理化することを前提に、個人毎に給付と負担を把握して、重複給付をチェックし、効率的な給付を行う。財産相続時における、社会保障受給額(特に年金給付)のうち本人以外が負担した社会保険料相当分と相続財産との間で調整を行う仕組みも検討すべき」と主張している。

 また、NTTデータ経営研究所の資料注7)によれば、「ITを用いれば、社会保障個人会計の導入により個々人の負担と給付を把握し、相関させることが可能である」として、これを用いた給付抑制策として「限度額管理:給付に一定の限度額を設定したうえで、給付が限度額を超えた場合は超過分を一定期間繰り延べたり、他制度からの余剰額を付け替えたりする」、負担増施策として「単年度清算:年度毎に公費の回収を試み、回収できない場合のみ、死後、相続財産から回収する。死亡時清算:死亡時点で遺産から公費を回収する」等の施策を紹介。さらに、「シンガポール、米国では医療保険の個人会計は医療貯蓄勘定注8)という形で導入済み」と紹介している。

 一方、プライバシー権注9)の観点からも批判がある。日本弁護士連合会は「(1)付番対象者を日本人以外の在留外国人にまで拡大した、(2)生涯不変の番号とし、(3)民間利用を前提としており、(4)名寄せ・データマッチングのマスターキーたる『共通番号』として利用することを積極的に評価するなど、この住基ネットにおける住民票コードと比べても、遥かにプライバシー保護への配慮を欠いている。このような制度の導入は、プライバシーに対する重大な脅威をもたらすことは明白である」注10)として、社会保障番号制度の創設に反対している。

 名寄せや社会保障個人会計の危険性について、指摘は正しい。事実、内閣・IT戦略本部は、「個人の生涯にわたる健康情報履歴がきちんと名寄せでき、正しい健康サービスができる情報基盤が本当のメリット」注11)と述べており、社会保障カードの利用目的拡大を打ち出している。

国が診療・健康情報を管理することの危険性

 社会保障番号については、関係省庁連絡会議注1)が、(1)住民票コード、(2)基礎年金番号、(3)新規番号の付番を挙げている((1)(2)を用いる場合、利用目的の制限、告知要求制限があるため、法改正が必要)。

 これと関係して、社会保障カードの在り方に関する「議論の整理」では、関係省庁連絡会議の試算(初期経費約750億円、経常経費約45億円。セキュリティ強化、カードリーダー導入で初期経費約490億円、経常経費約730億円)への批判を逆手にとって、「新たな投資を行うことを極力避ける」ことを理由に、住民基本台帳カードの利用を第一に掲げた。内閣・IT戦略本部も、「住民基本台帳カードの普及にあたっては、社会保障カードの議論と一体的に検討を進める」注12)としている(在留外国人には別途検討中の「在留カード」の利用を提案)。

 「社会保障・住基一体カード」の検討は、1・8%に止まるとされる住基カードの携帯を一気に全ての国民に義務づけ、これを身分証明書=「国民識別カード」として、「国民総背番号制」を導入する可能性に直接的に結びつく。
これに対して、日本弁護士連合会は従来より住基ネットそのものに「国民総背番号制」導入の「危険性」を指摘。また、日本医師会は「社会保障番号の導入は、住民基本台帳とネットワーク化され、国家が個人情報を管理する“国民総背番号”の実施につながる」注5)と指摘している。

 住基ネットの利用事務は当初93事務に限定されていたが、02年12月に成立した「オンライン一括法」で、旅券の発給、自動車登録、不動産登記、年金支給、NPO法人の設立認証、公営住宅の入居資格確認等の171事務が新たに加えられて以降、現在293事務に増えているという。

 一方、高齢者医療確保法第16条では「厚生労働大臣は、全国医療費適正化計画及び都道府県医療費適正化計画の作成等に資するため、医療保険者から提出された情報の調査・分析を行う」注13)。これについて、厚生労働省の「レセプト情報等の活用に関する検討会」は08年1月の報告書注14)で、11年度に原則オンライン請求が義務化されるレセプトデータ、制度開始当初の08年度から電子的に作成・管理されている特定健診・特定保健指導データについて「全ての対象者の全てのデータを把握した上で分析を行う必要」があるとしている。

 このような全件収集と分析を絶対とする考え方が、政府・厚生労働省がレセプトのオンライン請求の完全義務化に固執する根拠であろうが、なぜここまで固執するのか。

 もちろん、「医療費適正化計画の作成等に必要な分析上、特定の患者等を識別する必要はないため、患者等は特定の個人が識別できないよう、国がデータを収集する際には、患者等の氏名等個人情報を削除」としているが、実は、「特定の患者等の識別は不要だが、生活習慣病対策による生活習慣病の発症・重症化の防止効果の評価等を行うために、同一人物の時系列分析が必要」として、「ハッシュ関数の活用等技術的な対応について十分に検討」するとしており、「同一人物は同定」される。そして、ハッシュ関数については、識者により「入手可能な情報からハッシュ値を計算するのは極めて簡単。非常に脆弱なシステムと言わざるを得ない」注15)と指摘されている。

 また、個人情報保護法の改正がなければ、国による患者の氏名、病名等の入手は不可能ではある。しかし、法改正さえすれば、患者のレセプトデータ、特定健診等データと、住基ネット情報と(社会保障・住基一体カード導入の後は「国民総背番号」と)をリンクすることができるシステムを作り上げてしまうことは、非常に危険ではないか。

 さらに、社会保障番号を納税者番号として活用することや、民間の一般利用を認めることが提案されている注1)。住民票コードを社会保障番号とした場合、これらの活用には法改正が必要だが、もしそうなれば、民間企業でも個人情報の「名寄せ」を行うことができる。逆に、民間企業が収集した個人情報が、政府に提供される可能性も出てくるのだ。

高齢者医療確保法を廃止しデータ収集を止めさせる

 メリットと思われる「社会保障カードを用いた被保険者資格情報のオンライン確認」についても、手放しでは喜べない。厚労省は「医療機関の未収金問題に関する検討会」報告書(08年7月10日)の中で、資格喪失後受診、一部負担割合変更後受診による未収金発生の防止につながる」としているが、同時に「医療費の不払いがあっても直ちにこれを理由として診療を拒むことができない」としている。全世帯の1・6%、約33万1千世帯に及ぶ国保被保険者資格証明書の交付の問題を解決しなければ、根本的な問題は解決せず、医療機関の苦慮も軽減しない。

 最後に、フランスの社会保障番号には、アルジェリア戦争で徴兵用に利用されたという「不幸な歴史」がある注16)。また、ナチス・ドイツは「IBMドイツの人口調査システムと、類似の高度な人口計数・登録技術」を用いてホロコーストを実施した。「すべての個人情報を集中する25階建ての円形のデータ塔を建てるという奇抜な提案」が行われ、そこで「ドイツ人を全て、住所が変わっても同じところで扱われ、相互参照すること」を検討した注17)。これらの暗い過去と現在の「社会保障・住基一体カード」構想を重ねて考えることは突拍子もない幻想なのだろうか。

 「レセプトのオンライン請求義務化」問題は、社会保障制度改革の中でも大きな役割を担わされている。国によるレセプト情報、特定健診等情報の「匿名化」後の全件収集と分析は、根拠法である高齢者医療確保法を廃止すれば一旦は消え去るが、同法第16条を根拠とする制度を実行するための施策が検討される可能性もある。未来に禍根を残さないために、「社会保障・住基一体カード」と、国によるレセプト情報、特定健診等情報の全件収集と分析について、人道的な立場から超党派の議員や団体に問題点を訴え、不安を消し去る活動が必要である。

(京都府保険医協会事務局 主任 加藤俊勝)

 注1)06年9月22日「『社会保障番号』に関する実務的な議論の整理について」内閣官房提出資料

 注2)07年7月5日「年金記録に対する信頼の回復と新たな年金記録管理体制の確立について」(政府・与党)及び07年7月26日「重点計画―07」(内閣・IT戦略本部)

 注3)08年1月25日「社会保障カード(仮称)の基本的な構想に関する報告書」(厚生労働省・社会保障カード(仮称)の在り方に関する検討会)

 注4)07年5月15日「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」(厚生労働省)

 注5)08年1月18日「社会保障カード(仮称)に対する見解」(日本医師会)

 注6)04年9月21日「社会保障制度等の一体的改革に向けて」(日本経済団体連合会)

 注7)05年6月21日「ITと社会保障〜個人会計で公的医療保険を救えるのか」((株)NTTデータ経営研究所ストラテジック・コンサルティング本部)

 注8)「医療貯蓄勘定とは、現在および将来の自らの医療費を充足できるように、強制的な貯蓄をさせることである。もし医療費を自らの資産のみで賄わなければならないとすると、個人は健康を維持することに励み、結果として適正な医療費が達成されるという前提に基づいている」(06年「就業期累積医療費と医療貯蓄勘定―レセプトデータを用いたシミュレーション例―」増原宏明氏・財務省財務総合政策研究所)

 注9)プライバシーとは、個人の私生活に関する事柄(私事)やそれが他から隠されており干渉されない状態を要求する権利、および自己の情報をコントロールすることができる権利(積極的プライバシー権)をいう。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 注10)07年10月23日「社会保障番号に関する意見書」(日本弁護士連合会)

 注11)08年10月24日「医療評価委員会活動状況について」内閣・IT戦略本部

 注12)08年6月11日「IT政策ロードマップ」(内閣・IT戦略本部)

 注13)「医療費適正化計画の作成のための調査及び分析」で保険者・広域連合が国に提出しなければならない情報は、法施行規則第5条により「医療に要する費用並びに診療の件数及び日数に関する地域別、年齢別、疾患別、診療内容別、男女別及び医療機関の種類別の状況に関する情報並びに特定健康診査及び特定保健指導の実施状況に関する情報」とされている。

 注14)08年2月7日「『医療サービスの質の向上等のためのレセプト情報等の活用に関する検討会』報告書」(厚生労働省)

 注15)07年11月30日、第3回レセプト情報等の活用に関する検討会における尾崎孝良弁護士(日医総研主任研究員、東大工学部非常勤講師)の発言による。

 注16)07年11月「フランスの社会保障番号制度について」(高山憲之・一橋大学経済研究所教授)

 注17)01年11月「IBMとホロコースト」(エドウィン・ブラック氏、柏書房)

【京都保険医新聞第2665号_2008年11月17日_2-3面】

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