シリーズ環境問題を考える(98)

シリーズ環境問題を考える(98)

想い出は水面の彼方へ…

徳山ダムの全景
徳山ダムの全景

 唖然! 呆然!! 愕然!!!

 あまりの変わりように絶句するばかり。

 学生時代(30年余り前)に気に入り、足繁く通った奥美濃・揖斐川源流部・徳山村は、広大な徳山湖に姿を変えていた。当時は川沿いの細道を延々と辿った果てに、または離合も困難な未舗装・九十九折の酷道の峠を越え、ようやくたどり着けた自然溢れる桃源郷(緑の地獄とも言われていたが)であった。

 堤高161mもの巨大なロックフィルダムが山のように聳えている。その貯水量は6億6千万m3と日本一で、最近話題の八ツ場ダムの6倍強、浜名湖の2倍にもなり、湛水面積は13Km2と諏訪湖を凌駕するという。まだ湛水を始めて3年少々であり、無数の枯れ木が水際を縁取っていた。各集落を繋いでいた川沿いの曲がりくねった一車線路は湖底に沈み、最長3330mもの多数のトンネルと、谷を跨ぐ巨大な橋による真っ直ぐな二車線路となっていた。将来は更に国境稜線に長大トンネルを穿ち福井県とも結ぶ予定とのこと。

 このダムは戦後高度成長期が始まった頃の1957年に、右肩上がりの経済状況を見越して企画・立案されたのだが、完工まで何と51年を要した。この間には、水及び電力需要の鈍化により無用論が唱えられ訴訟にもなったのだが、結局は最高裁で否決され、ようやく2008年に完成した。ダム上流部の約180Km2もの私有地を買い上げ、公有地化しての巨大開発であり、総工費は3500億円と言われている。また現在も、この水を木曽川へ導く水路事業が進められており、これにも1000億円近い費用がかかるらしい。

 これだけの費用・年月をかけて、何が得られたのであろうか?

 今後何が得られるのだろうか?

 水余りの現在、利水権に伴う負担金の凍結を表明する自治体も出てきた。今後も水需要の飛躍的な伸びは期待できまい(世界的には実に贅沢な話であるが)。

 また貯水量に比して発電量は15万3千KWと少ない(天ケ瀬ダムの約20倍近い有効貯水量があるのに、発電量は約1・7倍にすぎず、また天ケ瀬ダム本体に喜撰山揚水発電所を合計した発電量の55万8千KWと比較すると、僅か1/4強にしかならない)。

 従って、現在における最大の利用目的は治水(洪水調節・流量確保)と思われる。下流の濃尾平野には河川水面より低い地帯が広がっており、繰り返し洪水に襲われてきた、水害の克服は下流住民の悲願であろう。しかしこれも、近年目立つ局所的集中豪雨(ゲリラ豪雨)による水害には充分な効果は期待できない。

 ダムが無駄などとは決して思わないが、急峻な地形の日本ではその寿命は決して長くないし、その維持費も莫大になろう。素人目には費用対効果が良いとはとても考えられない。

 少なくとも100年に一度の大災害予防、また将来の気候変動による自然災害の増加などを前提とした巨大開発は、今後は許されないだろう。

 十年早く政権交代が起こっていたならどうなっていたであろうか…

 若かりし頃遊んだ長閑な山村は、琵琶湖より深い遥か水面の彼方に沈み二度と戻らない。

 人類は自らの意思で地球の生態系の一員より外れ、滅亡へ歩み続けているのでは?

 このような化け物じみた建造物を見る度に思う私感である(世界レベルでは、この程度は可愛いものなのだろうが…)。

(環境対策委員長・武田信英)

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