【特集1】清水鴻一郎 衆議院議員にきく 医療と社会保障のこれからについて

【特集1】清水鴻一郎  衆議院議員にきく
医療と社会保障のこれからについて

出席者


清水鴻一郎 衆議院議員(中央)
関   浩 京都府保険医協会理事長(右)
垣田さち子 京都府保険医協会副理事長(左)

  医療制度改革関連法案に基づくさまざまなことがこの4月より始まっています。特に都道府県医療費適正化計画、特定健診・特定保健指導、そしてレセプトオンライン請求義務化、診療報酬改定、そして後期高齢者医療制度です。

 本日は、国の医療制度を中心に、日本の医療の置かれている現状と、何よりもこれ以上の医療崩壊を許さないという清水議員の思いをお聞きしたいと考え、このような機会を企画した次第です。どうぞよろしくお願いします。

清水 鴻一郎 氏
清水 鴻一郎氏

自由民主党衆議院議員、脳神経外科医。1946年京都市伏見区生まれ。73年大阪医科大学卒業、京都大学脳神経外科入局、 80年米国シカゴ大学留学(2年間)、82年大阪医科大学脳神経外科助手、84年同講師、86年同助教授、88年3月医療法人清水病院院長(現医療法人清 水会 京都伏見しみず病院)。93年8月京都府議会議員。2005年9月衆議院議員。

府議会から国会へ… 医師として議員として

 垣田 先生は京都府議会議員から国会議員に進まれましたが、まず、なぜ政治の道へ行こうと思われたのですか?

 清水 私は1988年まで大学に勤務の後、父の病院を引き継ぎました。それから間もない頃、かつて世話になった近所の方が脳内出血で運び込まれて、手術で命を助けて恩返ししたつもりだったけど、その方が、「鴻ちゃん、助けてもらわなかった方が良かったかな。あの時死んでいれば、いいおばあちゃんでいられたけれど、長生きすればするほど家族に迷惑がかかる」と言われた。

 そこで初めて、医療というのは、いわゆる医療の技術だけで全て終わるものではなく、制度が大事なんだと思いました。当時、まだ介護保険もありませんでしたし、受け皿がなかった時代で、病院から追い出されるということがよく言われました。京都ではすでに病床を増やせなくなっていましたから、老人保健施設を作れないかと思って、京都府に相談に行ったのですが、行政の担当者の対応は、それは冷たくて、壁は本当に厚かった。

 地元の同級生とそういう話をしたら、誰かが政治家になるべきだという話になった。たまたま93年に府会議員の補欠選挙が地元の伏見区であったので、私が選挙に出て、全くの素人が寄り合った手作り選挙でしたが、幸いトップ当選させていただきました。その時に何か真実と言いますか、一生懸命訴えれば通じるものが、もしかしたらあるのかも知れないというふうに思いました。それが私の政治家への第1歩です。

 国会には05年に初当選しましたが、当時はまさに小泉さんの下で医療制度改革のさなかでした。小泉構造改革について、私は全否定ではありません。確かに毎年毎年、国としての借金が増えていく中で、税制改革や歳出削減などいろんな努力をしなければいけないのは事実です。しかし、まさに命や健康に関わるところが減額されていけば、財政再建は成ったけどそこに人はいなかったということになっては意味がないのではないか、と当時からある意味では反対していました。

 自民党というのは、多数の議員がいますから、当然、皆が皆同じ意見ではありません。私は厚生労働部会に出ていますけど、2年前の医療制度改革のときもかなり厳しい意見があり、反対意見の方が多かったのではないかと思います。まとめ役の部会長は、一任を取り付けないといけない。それを政務調査会に上げて了承して、総務会に上げてという党の手続きがある。一任を取り付けるまで、何回も部会を開く中で人が集まりにくい時間帯などに設定される。最後はだんだん人が減ってきたりして、結局一任を取り付けてしまう。反対の声や、一任できないという怒号の中で、今よくテレビに出ている大村秀章という愛知県の代議士が当時は部会長で、一任を取り付けました。あの時、我々は反対したという弁解は党としてはできないけども、そういう中で自民党としての了承を取っていったというのは事実です。

 2年前の制度改革は、やはり医療費抑制あるいは社会保障費抑制という発想から出ていること自体が問題で、どういう医療であるべきか、ということから入らないといけない。その辺の入り口から間違っているんだろうと思います。

心の問題に思い至らなかった後期高齢者医療制度

 清水 後期高齢者医療制度については、もともと日本医師会も高齢者医療というのは、なんとかしなければいけないというのはありましたし、2000年に共産党以外の各政党は高齢者の医療制度については、財政的な問題として何らかの取り組みをしなければいけないという合意がある。

 ただ、後期高齢者という言葉も良くないし、年金天引きというのもある意味効率化だけを考えた役所の発想で、個人の意思の尊重がされていません。まして保険料が実際どれだけ変化したのかということも分からない中で天引きというのは、当然納得できないでしょう。

 もう1つの制度の欠点は広域連合。つまり市町村単位では国民健康保険が財政的に厳しいので、できるだけ大きな枠にということで、都道府県単位にしたこと自体はいいのですが、責任者がはっきりしない連合体になってしまった。都道府県も財政負担を嫌がって逃げたということもあるが、やはりもう少しちゃんとした仕組みにして都道府県も責任を持たなければいけなかったと思うし、国も財政的な負担をかけないということを担保すべきだった。

 そして、75歳という年齢で違う保険証にしたことが、心の問題、気持ちの問題として、今となって言えば、非常にまずかったというふうに思います。この制度が続く以上、解決しにくい部分で、もしかしたらそれは振り出しに戻したほうがいいのかも知れない。

 垣田 先生が当事者の思いにいたらなかったということをおっしゃったことを聞いて、やはりさすがにドクターだなと思ったんですよね。なかなかそういう言葉が政権党の政策を担当している方からは聞かれません。

 清水 心の問題というのは、部会では当事者もいますので結構出ているんですよ。はっきり言って非常に気分が悪いとおっしゃっていますし、それはやはりそうなんだろうと思います。それを解決するには、実はもうやめるしかないんですよね。だから、何とか国民健康保険財政とかを持続的なものにする方向で、今の75歳以上を区切って違う色の保険にするということをやめることができないのかなというのが私の思いです。それは実際に言っているし、根本的には廃止してやり直すしかないという意見も結構あるんですよ。

 垣田 診療の場でも、75歳以上の方たちが、国から捨てられたという思いをもたれています。実際に4月以降、その年齢以上の人たちの受診率が下がっているのではないかと私たちは思っています。調べれば、多分そうではないかなと。地区医師会との懇談で先生方にお聞きすると、やはり行ったらいかんのやなと受診を控えている例というのを言われますので、心に与えた傷は非常に大きかったのではないでしょうか。

財源構成割合を固定化しては安心な制度にならない

 清水 後期高齢者医療制度は、保険給付費の5割が税で、4割がいわゆる若者世代の保険からの支援金、1割が保険料ですけども、これは給付額が上がっていけば、高齢者の1割も額的に上がっていくということです。

 医療というのは常に進歩していて、我々の父親の頃のように聴診器とレントゲンがあれば病院が成り立った時代と違って、CTやMRIという非常に高度な医療機器を駆使して、5年単位で更新していかないといい医療ができない、あるいは難しい手術も可能になってきているし、臓器移植だってやっている。そういうイノベーションの費用をまったく見ていませんから、医療費は伸びていかざるを得ない。だから公費を5割に固定化していては無理だし、そこのところを弾力的に見直すような法律を付け加えておかないといけない。

 垣田 後期高齢者医療制度の本質は、まさにその財源構成割合の法定化によるキャップ制にあります。給付を上げようとすると保険料を上げるしかない。しかしその1割の保険料負担が上げられないわけですよ。介護保険と同じ制度に設計されていることが最も問題だと思います。だから清水先生が5割の固定化が間違っていると言われるのは、そのとおりだと思うんです。

 清水 そこが担保されないと安心な制度にならないですからね。この前も厚労省とも財務省ともやりあったのですけども、彼らは保険制度というところをすごく強調する。80万円までの年金の方だと保険料は9割減額で300円くらいになるけれど、少額であってもそれを払うことで支えあうことに意義があると言うんですよね。300円とる手間を考えたら無料にしたほうがずっとインパクトもあるし、それはある意味で社会保障の原点だということを言っているんです。

 つまり、資格証明書の問題です。1年後、もしも保険料が払えなくて、保険証がないために医療を受けられなくて、1人でもそれが原因で亡くなるようなことがあったら、政権が吹っ飛ぶよということを言っているわけです。

 幸か不幸か、世論を反映して山口県の補選、沖縄の県議選、負け続けています。やはりそれが国民の声だろうと思います。高齢者の負担というのは限度があるので、税の5割を6割にするとか、将来的には、日医が出していたように9割を税で負担するとか、少なくとも高齢者に対しては、社会保障だという考え方を入れていくように修正していきたいと思います。

 垣田 そこがやはり、政治家の仕事だと思うんですね。

 清水 そこはそうです。政治家の決断によって厚労省は動いているんだから、政治家がその責任を負わないといけない。厚労省は何しているんだみたいなことを、私らでも言ってしまうことがあるのですけども、それはやはりそのまま自分に返ってくる言葉だと思っています。

 垣田 この頃の選挙を見ていても、やはり社会が変わってきていると思うんですね。そういう政治家の考え方というか、思想を問われている時代になってきているかなと思っています。

 清水 そうですね。自民党というのは結構、高齢者に優しいと思われていたんですけど、そうじゃないというふうに少なくとも印象を与えるような制度にした。若年者の人にあまり負担がかからないようにと言うけども、若年者も将来そこに行くことはわかっているわけで、むしろ一緒に怒っている。日本の制度として、おじいちゃんおばあちゃんをいじめる制度というのは、やはり良くないと本能的に思うんですよ。

 それから、やはり無駄というのが少しでも見えれば税負担なんかを求めることは非常に難しいです。税金の無駄使い、あるいは天下りの問題、公益法人なんかもそうだし、そういうことが国民が納得できるくらいにまでスリムにしていかないといけない。役人も意識改革をして模範になっていかないといけないのですが、そういうときに限ってああいう、“居酒屋タクシー”が出てくる。

 垣田 医療職は本当にぎりぎりまでカットして必死で仕事してきましたよね。だからその辺でもやはり先生言われるべきことは言われないと。

 清水 もちろん言っていますよ。医療は24時間365日休日もなく働く仕事だと、特に救急医療は来るか来ないかわからない人のために人的資源を確保する。ものすごく非効率、不採算なことを医療は求められている。その対価は、患者さんが来れば診療報酬があるが、常に医療資源を備えて待機していることに対して何ら担保されないわけです。

 国立病院が独立行政法人化されましたが、ある意味で経営努力してもらうのはいいけれど、全てが民間と同じレベルで効率主義になったら、本当に不採算で難しい医療は誰が診ていくのか、本来の国としての医療が損なわれる可能性がありますよね。

 垣田 専門職に対して、ある程度の余裕を見るというのは大事だと思います。今の医療の切られ方というのは、経済優先主義でものすごくしんどい。ちょっとしたことで全収入の3割カットとかという制度がすごく入ってきている。病院は特に大変で、本当に考えられないようなことを求められている。これは一般の患者さんに説明してもわからない話です。

財源構成割合を固定化しては安心な制度にならない

 清水 療養病床については、削減が決まった時点から、ちゃんとした受け皿をつくることを担保しなければいけないということを付帯決議で入れさせました。38万床あったものを、今実際は37万床になっていますけど、13万床の介護療養型、25万床の医療療養型を、15万床にして23万床減らすと言ったわけです。これはもちろん現実的に無理だし、たった一回のアンケート調査を根拠に言っていることも問題です。

 医療行為が1日何分だとか、そういうことで判断できない病気がたくさんあって、常に急変する可能性のあるときに病院にいて、監視下に置かれていることに意味がある病気もあるんだということを、私は厚労委員会でも主張し続けています。

 介護療養型の今12万床になっている分をどうするかでは、老健をその受け皿にすることは全く無理だということを言ってきています。転換しても建替えまでは、今の6平米を8平米にということは言わないということになっています。

 自民党の有志で「療養病床問題を考える国会議員の会」(会長:中山太郎衆院議員)というのをつくって、私は会長代行を務めておりますが、ここで基本的には、転換後の施設は現行の介護療養型病床と同じ医師数・看護体制を確保し、ソフト面は全く変えずに移行するようにと提言しています。これを福田総理と谷垣政調会長に持って行っています。こうした申し入れが実現できないならば、病床廃止自体を見直すべきだということも言っています。

 医療療養型については、都道府県の数値を積み上げて計算したら、25万床そのまま残ります。東京は減らすどころか増やすと言っているんですよ。もちろん転換したいところは転換するとして、都道府県によって増減はありますが、トータルで今の25万床は残ることになる。

 垣田 先生がほんとうに熱心に言っていただいていることには、いつも感心しています。

 そこまでの話が進んでいるから、次は介護保険を見直して要支援1まで全部切るという財源論からの案が出てきていますよね。保険料を上げられない限りは、それは当然切るしかなくなります。こういう介護保険の在り方については本当に考えていただかないと。

 清水 介護保険も5000円くらいのレベルになってきたら、保険料の負担割合を固定化すること自体が無理だと思います。これも学習効果があって、いわゆる自立支援法でけっこう懲りているわけですね。重症者、あるいは重介護の方ほど当然利用率は高い、その方々に1割負担を求めていくこと自体がやはり非常に厳しいと思う。要支援や介護度1の軽症なときにどれだけのサポートをするかによって重度化を防ぐということも非常に重要視していかないと、結局そこの人たちからクレームが出れば、制度そのものの存続が危ぶまれます。

 先生がおっしゃるように、財政的なことで見捨てられないようにしないと、やはりこれは社会保障ですから。介護保険とは別枠のところから、介護予防とかそういうものをやっていけないのかなと思います。

 垣田 医療でやってる分を介護保険に移して、介護保険財政から取ろうというのはやめていただくよう、ぜひ頑張っていただきたいですね。

 清水 それはおっしゃる通りだと思います。

骨太から“義務化”を消したレセプトのオンライン請求

 清水 先ほど関先生から話もあったレセプトのオンライン化については、骨太の方針08の中からは、義務化という言葉は消させて、効率化という言葉に換えさせたんですよ。医師会もかなり反発していて、そのまま2011年でやれば、地方の医院などではやっていけないというのがあって、医療崩壊を加速することにつながる。あくまで努力目標みたいな形であるかもしれないけれども、義務化というのは、なくしていこうと。それで骨太からは消したんですよ。

  というと、小規模の医院においては現状のままでいける可能性があるのでしょうか。

 清水 具体的なことは、骨太で決めるわけではありませんから、基本方針の中でオンライン化という言葉を消して、効率化を進めて行くというということで、オンライン化にこだわらないということに一応したんです。骨太に書いてあると、役人はそれを基にいろいろ言うので、一応消してもらうことによって、少なくともレセプトのオンライン化が最大の方針ではないんだ、ということに言葉を変えました。

  我々はオンライン化そのものに反対しておりますし、何よりも全ての医療機関に対する強制的押し付けには強く反対してきました。しかしながら、もしオンライン化が完成しなければ、診療報酬や特定健診、後期高齢者の医学管理料の問題にしても政府・厚労省が狙う情報の一元化というもくろみは根底から崩れてしまうことになります。骨太の方針から、文言を削ってももうオンライン化は既定のこと、また反対の多い零細の医療機関だけを外したとしても、大きな影響はないと考えている結果かも知れません。

消せなかった2200億円 問われるのは社会保障

 清水 骨太の方針08に関しては、結局、2200億円の削減方針は消えなかった。消えてはいないんですが、単純に機械的に毎年2200億円をやるわけではないということですよね。福田総理も公共事業とか他のところに対しての影響があるので我慢してくれと、医療崩壊や医師不足も含めて問題は分かっているから、別枠でお金を出して行くからというふうには一応言ってるんです。

 自民党の厚労部会では、最後まで厚生労働族の人を中心に反論がある中で、無理矢理一任ということになった経緯がある。「最大限の削減」というと、国民にとってはまた社会保障を削られるという印象を与えるから、それを削れということですごく論議になった。そこは部会長の衛藤さんが絶対了承できないと言っているし、決議もしてるんですよ。

 福田総理も限界だというのは、分かってきているから、社会保障国民会議からも声を出させてそこのところを調整していこうとしている。あえて言えば、社会保障をきちっとできるかどうかに政権はかかっている。

 それがやれなかったら、一度、民主党にやらせてみようという機運が非常に高まっているし、実際にやればかなり厳しいとは思いますよ、彼らだってね。

 垣田 やはり保険制度と言うかね、あれが問題ですよ。国としてちゃんと保障してあげると言い切らないところですよね。なんぼか出さんとダメやでという。こういう制度にしたことが間違っていると私は思います。それはやはり小泉さんのやった最大の問題点だと思うんですよね。そこはなおしてほしい。

  リスクのある人をリスクのない人みんなで助け合うのが保険ですから。75歳に線引きし、いわば有病率の高くなる年齢だけを押し込めてしまうのがまさに姥捨て山と言われるゆえんだと思います。とても保険制度とは呼べる代物とは言えません。

 清水 実際に医療をやっている私たちは、いかに厳しいかがわかるけれども、それが分かってないんでしょうね。病院はぎりぎりのところでやっていますから、未収金の問題も大変です。病院に本当に徴収義務があるかどうか私は非常に疑問です。やはりそれは保険者がきちっとしないといけない。自己負担が1割から3割に上がれば、それだけ病院のリスクは高くなります。救急だと、夜中なんか本当に未収が多い。

 垣田 あの問題の多いと言われる韓国医療でも保険者が全部払うんですよ。日本よりよっぽど進んでいるというか分かっていると思います。

 清水 保険者責任をきちっとやってもらわないと、医療がもたないです。結局、泣き寝入りするしかないですからね。

  マイケル・ムーアの「シッコ」を見ると、アメリカの医療は民間保険会社が治療内容も入院日数もみんな決めてしまう。アメリカではカード破産に次いで医療費破産が2番目に多いんですね。アメリカの医療費が高いということがもちろん原因なのですが、特に州によっては異なりますが初期対応する病院での未収金が多くなると、今度は、保険会社が補填するいわゆる支援金が増える。そうするとまた保険料が跳ね上がってしまう。大きな病院の場合は、請け負った取り立て屋がやってきて裁判所で弁護士立ち会いのもとに返済計画を話し合います。そういった弁護士費用とか裁判費用も全部その人の支払い額に加算されてしまう。そういうアメリカ型に日本の医療を変えようということが問題で、このままいくと日本の医療崩壊をもっともっと進めてしまうことになる。

 清水 アメリカ型に変えるというのは、全くの間違いです。GDP比でいえば日本の倍近く金を使って、非常に格差のある医療しかできてないわけですから。私たちもいつも言うのですけども、なんで君ら失敗しているところをモデルにするだと。在院日数が短いとか長いとか言うけど、在院日数が長くても費用は一番安いんだったら別に長くてもいいじゃない。抜糸しないまま退院させて、病院前のホテルに泊まり込んで通院して抜糸してもらうなんて、ぜんぜんよくないじゃないかと。

憲法に保障されている基本的人権の担保をしっかりと

 垣田 ところで昨年、「社会保障基本法報告書の出版を祝う会」には、先生にも来ていただきましたけど、今の話の流れはそこに行き着くと思うんですが、一言、弊会の社会保障基本法制定運動に対するエールをいただきたい。

 清水 本当はそういうものがなくても憲法に保障されている基本的人権の問題が実際に担保されていれば、あえて屋上屋を重ねなくてもいいんだろうけども、そこが実行されていないところに法律の制定を求めていくということがあるのかもしれない。私の今の考えから言えば、そういうことをちゃんとできないんだったら、基本法のようなものを制定しなければいけないよということを掲げながら、今の憲法の中で実現できることは、実現していけばいいのだろうと思っています。

 垣田 ぜひ先生、頑張っていただきたいです。ありがとうございました。

(実施日:6月30日)

【京都保険医新聞第2651・2652合併号_2008年8月11・18日_2-3面】

ページの先頭へ